杉江義浩(ジャーナリスト、放送プロデューサー)

 またか…。というのが今回のバラエティー番組『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)の「やらせ」疑惑を報じた記事を読んで、私が率直に感じたことです。テレビで「やらせ」疑惑が騒がれるようになったのは、今に始まったことではないのです。少なくとも25年前から、何度も話題に上っています。

 そもそも、テレビ番組に「やらせ」があったのか、なかったのかを議論するのは、全く不毛なことです。厳密な意味で「やらせ」のない番組は存在しないからです。どんなドキュメンタリー番組にも、制作者の意図と演出が必ず働くし、それらを受けていない「素のまま」の姿をカメラに収めるのは不可能です。

 議論するとすれば、どのような「やらせ」なら許容範囲で、どのような「やらせ」が問題になるのか、その基準を考えることです。そして制作者と視聴者の間で、それらを共有することに意味があります。

 テレビの番組はドラマ、ドキュメンタリー、ニュース、情報番組、娯楽番組、よく分からないバラエティー番組、とジャンルに分けられるようですが、私はそのようなジャンル分けには何の意味もないと思っています。

 あえて区別するとしたら、フィクションとノンフィクション、の2種類だけ、というのが持論です。フィクションは作り話ですから、該当するのはドラマやアニメくらいでしょうか。それ以外は全てノンフィクションです。

 お笑いバラエティーでも、芸人さんたちのネタは作り話ですが、番組ではそれを分かった上で、その芸人がスタジオでどれくらいのパフォーマンスを見せてくれるか、という事実関係を見るのですから、立派なノンフィクションです。シリアスな内容か、娯楽目的かにかかわらず、ニュースもドキュメンタリーもバラエティーも、ほとんどのテレビ番組はノンフィクションなのです。
※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ)
※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ)
 今回の『イッテQ!』のラオスの祭りに関するコーナーは、『週刊文春』の記事を見る限り、「やらせ」の範疇(はんちゅう)を超えた、「デッチ上げ」と言うべきお粗末なものでした。演出意図による許容範囲の「やらせ」ではなく、「橋祭り」という番組の本質にかかわるメインの主題を捏造(ねつぞう)し、事実関係に反して、視聴者に対するウソを伝えたからです。

 ノンフィクションで本質に関わるウソをついてしまったら、もはや許されません。バラエティーだから、娯楽だから、という言い訳は通用しません。一方、だからといって即『イッテQ!』がダメな番組だとか、日テレがひどい会社だとか、テレビというメディアがそもそも信頼できないだとか、というインターネットにありがちな論評は、あさっての方向に向かって暴走しているだけなので、私は関与する気はありません。

 冒頭で記した通り、テレビ番組が「やらせ」疑惑で糾弾されるのは、今に始まった話ではありません。昔から何度も取り沙汰されては、ひと揉めすることが繰り返されており、もはや定番だとも言えるでしょう。