少なくとも私が現役時代のNHKでは、1992年に放送されたNHKスペシャル『奥ヒマラヤ禁断の王国・ムスタン』が印象に残っています。もう25年以上前ですが、「やらせ」疑惑によって検証番組が作られ、会長の減給6カ月、NHKスペシャル番組部長の減給と解任、そして担当チーフディレクターの停職6カ月という重い処分がなされました。

 『ムスタン』の場合どんな「やらせ」があったのか。一つは取材チームが現地に入った際に、スタッフの1人が高山病で倒れた、というシーンがあったこと。実際にはそのスタッフは高山病にはかかっておらず、演技だったということが明らかになりました。

 また、現地での雨乞いの様子を撮影したかったので、実際には降雨があったにもかかわらず、雨乞いの儀式を再現してもらった、というものです。いずれも細部の演出であって、番組の本質にかかわるような、根本的な問題ではないと私は個人的に思いました。

 この時、第三者委員会が作られ、ノンフィクション作家の立花隆さんを座長に、ジャーナリストの田原総一朗さん、元NHK特別主幹の吉田直哉さん、テレビプロデューサーの今野勉さんといったメンバーが「ドキュメンタリーとは何か」と題し「やらせ」について討論しました。その中で衝撃的だったのは、「やらせ」の一切ないドキュメンタリーなど存在しない、という結論でした。カメラを向けた時点で、すでに演出だからです。

 昔は今のように明るいビデオではなく、感度が悪くて1分も回せないフィルムカメラで、ドキュメンタリーを撮影していました。夜行列車で帰郷する男性のインタビューを撮る際にも、車内に煌々(こうこう)と照明をたき、15秒のフィルムにインタビューがちゃんと収まるよう、何度も主人公にリハーサルをし、物々しい雰囲気の中で収録して、あたかも「男性がふとつぶやいた素朴な一言」のように編集して使っていたそうです。

 今のカメラでも、放送用の大きいカメラを向けると、ほとんどの人が普段通りの自然な心理状態ではなくなります。カメラを向けた時点で、作為・演出は始まっているのです。街頭インタビューでも、そもそもなぜ隣のおばちゃんじゃなくて、そのおばちゃんにカメラを向けたのか、フレーミングの切り取り方は意図的です。そして20人ほどにインタビューして、その中から「使えそうなもの」2、3人を選んで放送に使います。まさに作為以外のなにものでもありません。

 NHK番組『鶴瓶の家族に乾杯』じゃないけど、地方の田舎町にぶっつけ本番で訪ねて行き、地元の庶民の暮らしぶりを取材する、というありがちな企画の番組は、私もいくつか担当しました。たまたま訪ねて行ったご家庭が、地元の伝統産業の職人さんだったり、特産品の農家だったり、また奥さんが地域の伝統料理を台所で作っていたりすると、なかなか面白いアットホームな番組に仕上がります。
東京・渋谷のNHK放送センター
東京・渋谷のNHK放送センター

 農家のご家庭の玄関口にいきなり立って、「NHKですけど、取材させてもらってよろしいですか?」と尋ねると、8割方が「大丈夫ですけど、ちょっと待ってください」と言って奥様がしばらくどこかへ行かれます。

 台所で地元の素朴な食材を使って、いつもの家庭料理を作るのどかな風景を撮影したいのですが、その主婦が台所に立ったときには、真っ赤な口紅と念入りなお化粧をしていて、自宅の台所に立つ農家の主婦としては不自然極まりないのです。でも女心ですから文句は言えません。メークが完成したところで、「はじめまして、ちょっと撮影よろしいですか?」とやり直すはめになります。