テレビ業界で撮影された映像のことを「素材」と呼ぶのもそのためだ。映像は番組作りのための素材である。これは料理で言うところの食材にあたる。食材としての野菜や肉を冷蔵庫から取り出して並べるだけでは料理が完成しないのは明らかだろう。焼いたり、煮たり、調味料を加えたり、といった手間を加えることで料理ができる。テレビ番組もそういう風に作られている。

 ないものをあるように見せたり、明らかな嘘をついたりするのはルール違反である。ただ、番組を面白くしたり、分かりやすくしたりするために、巧妙にやらせを回避しながらギリギリのところを狙うのは演出の一部として許容されている。

 例えば、嘘をつくのは問題だが、あえて都合の悪い情報を伏せておくのは間違いとはいえない。取材対象を取り上げるにあたって、どの部分をどういう風に扱うかというのは演出の範囲だと考えられるからだ。これが「1を2や3にする」という部分である。

 ただ、この点に関しては、制作者と視聴者の間でかなりの認識のズレがあるのではないかと思う。テレビ業界で仕事をした経験のある私の目から見ると、視聴者の多くはテレビをあまりにも純粋に見ているのではないか、と感じることが多い。テレビで報じられていることは、そのまま真実であるかのように何の疑いもなく盲信している人が結構な割合で存在している気がする。

 仮に、制作者がこっそりやっている「演出」をすべて白日の下にさらしたら、恐らく多くの視聴者は「だまされた! あれは『やらせ』だったのか!」と感じるのではないかと思う。
立ち上がって謝罪する大久保好男日本テレビ社長=2018年11月、東京都(森岡真一郎 撮影)
立ち上がって謝罪する大久保好男日本テレビ社長=2018年11月、東京都(森岡真一郎 撮影)
 制作者が「1を2にしているだけ」と考えていることでも、視聴者からは「それは0を1にしているのと同じじゃないか!」というように見える場合はある。そのぐらい制作者と視聴者の間には感覚的な違いがある。

 今回の『イッテQ!』の騒動に関しては「バラエティーなんだからそんなに目くじらを立てる必要はない」という擁護論もあった。だが、私はこれには異論を唱えたい。テレビはテレビであり、バラエティーにだけ何らかの特権が与えられたり、例外が許されたりしているわけではない。「やらせは絶対に許されない」という基本的なルールは同じだ。