「労働市場を放置すれば供給過剰になりやすいということは、マルクスと同時期に、すでにゴッセンが警告していたことである。労働の供給過剰は、一人当たりの労働時間の面と、家計の有業率(ミクロの労働率)との面に現れるか、ゴッセンは後者について、家が貧しいと子女が幼時から働きに出て、それが労働条件(悪化)の悪循環のもとになることを指摘していた」(『経済学名著の読み方』)。

 ヘルマン・ハインリヒ・ゴッセンは19世紀前半のドイツの経済学者だ。彼の発言を図にすると以下のようになる。
 経営者や資本家から自分の労働を厳しく買いたたかれて、もはやギリギリの生活水準まで落ち込んだ状態が、マルクスやゴッセンの考えた賃金状態=W0だとする。そのときに雇用されている人数(雇用量)は、L0だとしよう。これは、経済学の普通の労働需要と労働供給の一致を示しているようにも思える。

 だが、マルクスとゴッセンは、この需要と供給の一致はあくまで見せかけであって、実際には労働者の雇用契約の自由が奪われてしまっている、と指摘した。労働者側は自分の生活水準ギリギリの賃金に落ち込んで、それでもこの「契約」を生きるために飲まざるをえないのだ。

 日本の現状でいえば、あくまで一例だが、非正規雇用に多い年収100万円以下で働いて家計を支える人たちや、現在議論されている出入国管理法改正案で対象となっている外国人技能研修生の一部に見られるブラックな雇用環境をイメージしてほしい。

 ところが、厳しい生活に直面している人たちが、家計の補助になるだろうと子供たちを働かせることにより、かえって貧困を加速してしまうと、ゴッセンは指摘している。上記の図でいえば、労働供給曲線が右下方にシフトする。これが、純粋に家計補助で駆り出される子供たちの労働の増加を示す。

 だが、これは彼らの家庭をさらに貧困のどん底に突き落とすだろう。なぜなら、今までも生活ギリギリだった賃金水準が、それをさらに下回るW1のラインまで下落しているからだ。

 この結果はどうなるだろうか。一つは、今まで食べていたものを、さらに安価で不健康で高いカロリーのみを追求するだけのものにするかもしれない。また子どもの貧困が加速するために、子どもたちは満足な食生活を維持できずに、また過酷な労働の結果、死にさえも直面するだろう。

 ゴッセンが児童労働を強く批判した理由はこのためである。市場原理は、競争の結果、労働の売り手と買い手が最適になる、つまり経済学の意味でハッピーになると考えている。だが、このゴッセン=マルクスのケースでは全く市場原理は機能していない。むしろ、政府の介入による児童労働の禁止が強く要請されるだろう。実際に、このゴッセン的な観点での児童労働の禁止は、今も有効なのである。
2014年にノーベル平和賞を受賞したインドの人権活動家、カイラシュ・サトヤルティ氏=2016年6月撮影
2014年にノーベル平和賞を受賞したインドの人権活動家、カイラシュ・サトヤルティ氏=2016年6月撮影
 2014年のノーベル平和賞がインドの人権活動家、カイラシュ・サトヤルティに与えられた。児童労働への反対運動を評価されてのことだ。彼はインドだけでなく、世界各国で強制労働に直面していた児童8万人余りを解放した。児童労働(5歳から14歳まで子供たちの強制的労働)は、全世界で2億5千万もの人数に達するという。サトヤルティ自身は経済学者ではないが、その児童労働廃絶の根拠は、今説明したゴッセンやマルクスの考えと同じだろう。