2018年6月現在、在日中国人の総数は74万人。うち不法滞在者は9500人ほどとされ、彼らの大部分が「黒工」(ヘイゴン)と呼ばれる不法就労者となっている。もっとも日中間の経済格差が縮小した昨今、当初から不法就労を目的に来日する中国人はほとんどいない。

 黒工たちの多くは、劣悪な労働環境や低賃金が指摘されている外国人技能実習生が就業先から逃亡したパターンか、留学生がオーバーステイしたパターンである。日本人の目には決して見えてこない、在日中国人社会の最末端にうごめく人々の姿をルポライター・安田峰俊氏がお伝えする。

* * *

 オーバーステイの元留学生が不法就労者になった例を紹介しよう。福建省福清市出身の王晨(仮名、23歳)は、高校卒業後の2014年に来日した。最初は神奈川県内の日本語学校、次に大学の日本語別科に籍を置き、事実上の偽装留学生としてバイトに明け暮れていたという。

 王はその後、年度が変わり学籍がなくなってからも日本に残り、黒工として3か月間働いていた。

「通常、留学生のバイトは週28時間以内と決まっているが、それに違反して長時間勤務をしても月収は20万円少し。学費は年間78万円かかるし、さらに生活費を差し引けば貯金はできない。学費の負担がない黒工のほうが稼げるのではないかと思った」

 まだ在留資格が残っていた今年3月に都内の居酒屋の面接を受け、採用された。職場の日本人経営者は、採用後は在留資格をチェックしなかったので、彼が不法就労者とは最後まで気付かなかったという。

「月収は増えたが、東京五輪を前に不法滞在者への取り締まりが厳しくなり、街を歩くたび不安だった。日本にいるために日本人女性との偽装結婚も検討したが、毎年70万~80万円をブローカーに支払うと聞き、(偽装)留学生と出費が変わらないので諦めた」

 黒工はトラブルに巻き込まれて入管施設への収容や強制送還に遭うことを非常に恐れており、ケンカや交通違反は「絶対にできない」。他の在日中国人から詐欺に遭ったり、職場で危険な業務を強要されたりしても、告発は不可能だ。

「僕自身、中国人の友人に貸した20万円を踏み倒されて泣き寝入りした。いくら日本で働けても、黒工のリスクは大きすぎる」

 1か月ほど悩んだが、最終的に帰国を決めた。入管に出頭したところ、収容を受けることもなくあっさりと帰国できた。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
「日本は街が清潔で気に入っていた。地元の福清市で働けば、月収は2000~4000元程度(約3.2万~6.4万円)にすぎない。合法的に滞在できたなら、日本でもう少し働きたかったな」

 懲りない男である。

【PROFILE】安田峰俊●1982年滋賀県生まれ。ルポライター。立命館大学文学部卒業後、広島大学大学院文学研究科修了。最新刊に『さいはての中国』(小学館新書)がある。

関連記事