中村逸郎(筑波大学教授)
日本の対露政策は、プーチン大統領の「二枚舌外交」に振り回されているように感じる。北方領土交渉が本格化しようとしているが、私は悲惨な結末を迎えることを心底心配している。日本が平和条約を締結し、その上で「四島一括返還」を要求しても、「2島先行返還」を交渉材料にするにしても、プーチン氏は1島をも返還する気持ちはないように思えるのだ。
ロシア国民の間には「ロシアの自動車はマイナス20度以下になれば始動するが、日本車は止まってしまう」という冗談がある。どうやらロシア人は寒くなると暴れ出すようなので、警戒が必要だ。
日露平和条約の締結作業が進められている矢先、ロシアが牙をむいたようなニュースが飛び込んできた。獲得した領土への執着をあからさまに見せつける恐ろしさだ。ロシア連邦保安局(FSB)は11月26日未明、ウクライナ軍が所有する哨戒艇に威嚇発砲し、3隻を拿捕(だほ)したと発表した。

現場は2014年3月に、ロシアが半ば強制的に併合したクリミア半島の周辺海域だ。ロシアは2018年5月、ウクライナとの国境が閉鎖されて経済的に孤立するクリミアとロシアのクラスノダール地方を結ぶ全長19キロのヨーロッパ最大級の橋をケルチ海峡に建設した。この橋の完成で、ケルチ海峡の北側に広がるアゾフ海に面するウクライナ南東部の港湾都市マリウーポリにむけてウクライナの船が自由に航行することが大きく制限された。ウクライナ政府がクリミア併合を認めておらず、ロシア当局はウクライナによるケルチ海峡大橋へのテロ活動を警戒しているからだ。
今回、ロシア監視船がウクライナ海軍の哨戒艇に衝突したのだが、その際のロシア艦長の無線の声を紹介しよう。
艦長「こいつの動きは、ロシアへの侮辱だ。あの船を締め付けてやれ。よし。右側にぶつけてやろう。心配することはない。ここで拿捕するぞ」
ここで艦長は、左からウクライナ艦船を追うロシアの汽艇に告げる。
艦長「直進しろ。そうだ」
副艦長「停止」
艦長「ウクライナ船の右側から乗り込むぞ。少しバックしろ。ウクライナ船員の身柄を拘束せよ」
ロシアとウクライナの軍事的緊張が急激に高まり、国連安保理事会の緊急会合が開催されることになった。欧米諸国はロシアによるクリミア併合を承認しておらず、欧州連合(EU)は「ウクライナの主権と領土の一体性に対する新たな侵害だ」と非難し、ケルチ海峡の自由な航行を訴えた。
今回の事件直後、ポロシェーンコ大統領は事態収拾のためにプーチン氏に電話をかけた。でも応答がなかったと報じられており、11月30日からのG20サミットに出席するトランプ大統領にプーチン氏宛の親書を送付したようだ。