名越健郎(拓殖大海外事情研究所教授)

 日露首脳が1956年の「日ソ共同宣言」を基礎にした平和条約交渉の加速化を決めたことで、今後の焦点は宣言が明記した歯舞、色丹2島の引き渡し問題に移る。だが、ロシア側は自動的な引き渡しを否定しており、厳しい交渉になりそうだ。

 この交渉によって、2島が上限となることで、「2島プラスアルファ」どころか、「2島マイナスアルファ」に終わる可能性もある。ロシアが主権を譲らない場合、日本は交渉を打ち切るなど毅然(きぜん)と対応すべきだ。

 プーチン大統領は11月14日の合意後の会見で、「主権がどちらの国のものになるか書かれていない。真剣な検討の対象になる」と指摘。菅義偉(すが・よしひで)官房長官は「返還されれば、日本の主権も確認される」と述べ、早くも鞘(さや)当てが行われた。

 ゆえに、日露の平和条約協議機関では、2島引き渡し問題が最大の争点になろう。ロシアが四島領有の根拠の一つとしている1945年2月のヤルタ密約は、ソ連の対日参戦条件として、「千島諸島はソ連に引き渡される」とし、英語では『hand over』、 ロシア語では『ピリダーチャ』が使われている。56年宣言の表記も「引き渡し」(ロシア語はピリダーチャの動詞)だ。

 ソ連はヤルタ合意に沿って千島の主権、水域などすべてを奪ったわけで、それに従えば、ロシアは歯舞、色丹の主権、水域をすべて返還しなければならない。日本側は交渉でこの点を衝(つ)くべきだ。

 そもそも、ソ連時代のフルシチョフ政権は56年宣言調印後、歯舞、色丹に入植した島民を国後島などに移住させ、返還準備に着手していた。60年の日米安保条約改定に反発し、「全外国軍隊の撤退」を引き渡しの条件にしたが、一時は2島をすぐにも返還する構えだった。

 歯舞諸島はその後も無人島だが、色丹には島民が戻り、ソ連時代は水産加工の有力拠点だった。現在も3000人近い島民が住む。

 プーチン政権は07年に開始した「千島社会経済発展計画」で国後、択捉へのインフラ整備を強化し、島の景観は様変わりしたが、色丹の整備は遅れ、島民の不満が強かった。しかし、このところ色丹開発が急テンポで進みつつある。
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領=(タス=共同)
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領=(タス=共同)
 筆者が購読している国後島の新聞『国境で』によれば、色丹では3つの水産加工場の近代化計画が進み、中国の技術者が10月に島を視察した。25年まで延長された同計画に沿って、今後5年間に色丹で飛行場や体育館、ゴミ処理施設を建設し、島民の生活改善を図るとしている。

 国後、択捉と違って色丹にはロシア軍は駐留しないが、国境警備隊の大型基地があり、数百人の部隊が展開するといわれる。色丹の警備隊はロシア海軍の太平洋への出口となる国後、択捉間の国後水道の警備が任務に含まれるもようだ。米露関係悪化でオホーツク海の戦略的重要性が高まる折から、ロシアにとって色丹の国境警備隊は重要になる。

 国境警備隊は連邦保安局(FSB)に統合されており、軍やFSBなど実力組織が島の割譲に抵抗するだろう。