友人にも似たようなパターンの女子大生は多いという。昨今流行りの「パパ活」も、一部は学費を捻出するために行われているのかもしれない。

 彼女たちにとって、学生生活を送ることはお金を稼ぐこととほとんど同じである。それでも大学へ行きたい。親には頼れない。でも奨学金は借りたくない。だから大人の社会を利用し、また利用されてお金を稼ぐのである。それでもまだ、「甘えるな」と言う資格が私たちにあるだろうか。

 「そこまでして大学へ行く必要があるのか」という問いには、こう答えよう。高等教育の充実は社会的な善であり、よほどの代替案がない限り、大学進学率の上昇は歓迎されるべきことだ、と。やみくもに「大学へ行くな」という権利など誰にもない。

 学生を借金漬けにする、もしくは学業に支障をきたすほどのアルバイトを強いる。言うまでもなく、これほど高額な授業料がそもそも問題なのだ。対処するには、全大学の8割を占める私立大が、貸与型ではなく給付型の奨学金制度を増やさなければならないだろう。授業料の減免制度を設けている私大は多いが、個別の大学ごとの格差が大きい上、学生の授業料負担を平均して下げる効果があるとまでは言えない。

 だからこそ、私大同士が垣根を越えて資金を出し合い、給付型の奨学金制度を新たに作ることが望ましい。まずは生活費負担が相対的に重い、都市部の私大から連携を始めてはどうか。

 こうした大学のうち、特に難易度が中程度から高程度のマンモス校は、地方からも多くの学生が集まる。地方から都市部へと、若年人口を吸い上げる代わりに、給付型の奨学金で彼らの生活費負担を少しでも下げることはできないか。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
 資本の論理でいけば、こうした提案は利潤追求に反するかもしれない。が、若者に「甘えるな」と自己責任論を押し付け、やたらと高額な学費を吸い上げる高等教育機関など、無責任以外のなにものでもない。

 大学とは経営主体である前に、教育理念を持った社会的存在であるべきだ。2人に1人が進学する時代だからこそ、「大学の社会的責任」を、学費負担という観点からも検討すべきではないだろうか。