日下公人(評論家)

 日本という国を考えるにあたって、天皇ご自身が「情」の存在であったことの意味は、とてつもなく大きい。

 だが残念なことに現代では、天皇の「情」というものがピンときていない日本人が多い。

 たとえば、昭和天皇は戦争の責任を、すべて一身に引き受けようとされ、さらに国民を力強く励ましてこられたわけだが、そのご覚悟がわからないと、昭和天皇の「情」の深さもわからない。一例を挙げよう。昭和50年(1975)、昭和天皇は訪米されたが、そのあとに行なわれた日本記者クラブ主催の公式記者会見(同年10月31日)で、次のような問答があった。記者が「戦争終結に当って、原子爆弾投下の事実を、陛下はどうお受け止めになりましたのでしょうか」という質問をしたのに対して、昭和天皇はこうお答えになった。

 「原子爆弾が投下されたことに対しては、遺憾には思っていますが、戦争中であることですから、広島市民に対しては気の毒であるが、やむをえないことと私は思っています」

 このご発言に対して、「天皇は逃げた」「陛下は『やむをえなかった』などということをおっしゃるべきではない」などと評する向きがあった。

 これは勘違いも甚だしい。戦争の責任を一身に引き受けていらっしゃる昭和天皇は、「戦争になれば、どんなこともある。広島市民にはまことに気の毒だったが、それは全部私の責任だ」と答えておられるのである。それが汲み取れなかった人たちが、昭和天皇に批判がましいことをいっている。やはり、自分の理解をはるかに超越した答は、真意がわからないのであろう。

 とにかく天皇の「情」の深さは、われわれの理解を大きく越えたものである。その「情」を、せめてわずかなりとも理解するためには、天皇が行なっておられる宮中祭祀について知っておくとよい。
2014年3月、伊勢神宮内宮を参拝され、参道を歩かれる天皇陛下(沢野貴信撮影)
2014年3月、伊勢神宮内宮を参拝され、参道を歩かれる天皇陛下(沢野貴信撮影)
 たとえば、大晦日元旦にかけて、皇室では重要な宮中祭祀が続く。はたして、天皇は何を祈っておられるのか。もちろん、宮中祭祀で何が行なわれているかは秘されているが、西暦1100年ごろに藤原の師通の命を受けて大江匡房が編纂したと伝わる『江家次第』などから、その一端を垣間見ることができる。

 簡単にいえば、天皇は大晦日から元旦にかけて、「あらゆる罪や厄災は私が一身に引き受けます。国民を罰しないでください。国民をお守りください」と祈っておられるのである。