藤井靖(明星大心理学部准教授、臨床心理士)

 12月3日、執行猶予期間中の万引で、窃盗罪に問われていた元女子マラソン日本代表の原裕美子被告に対し、前橋地裁太田支部で再度の執行猶予を付けた「懲役1年、保護観察付き執行猶予4年」の判決が言い渡された。

 原被告は記者会見をはじめ、複数のメディアで、現在の心境や、自身が窃盗症(クレプトマニア)であることを明かしたうえで、更生を誓っている。もし、これが、社会的な繋がりが構築され、孤独ではないことや家族のサポートを含めた安定した治療環境があること、精神・身体的に回復傾向にあることに裏づけられているとしたら、何よりである。

 そもそも窃盗症というのは、どんな疾患なのか。日本を含め、世界で日常臨床に使用されている米国精神医学会「精神障害の診断と統計マニュアル」第5版では、以下の診断基準が示されている。

窃盗症(クレプトマニア、Kleptomania)
A.個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗ろうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。
B.窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり
C.窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感
D.その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない。
E.その盗みは、素行症、そう病エピソード、または反社会性パーソナリティー障害ではうまく説明されない。


 Aは、窃盗症患者と、自分の欲しい物だけを盗むことが常習化している人やお金がなくて盗む人などと区別するための項目である。ただし、窃盗症であっても、自分にとって全く必要のないものを盗むという人は少ない。欲しい物であっても、必要以上に大量に盗んだり、最初は必要だったものだが、盗む時点ではそれほど必須の物ではなく、本人も後に考えると「何でこんなものを盗んだんだろう」と思うことも多い。

 すなわち、Cの基準から分かるように、もはや盗んだ物よりも「盗む」行為自体が目的になっている。たとえそれが監視カメラに写っていることが認識できていたり、摘発されるリスクが高いことを認知できていたとしても、自分で歯止めを利かせることは難しい。また、本人も自身の罪の意識によって、次第に、しかし確実に精神的に追い込まれていくのである。

閉廷後の記者会見で、涙ながらに
謝罪する原裕美子被告=2018年12月3日、太田市役所
 そして、犯罪行為でもあることから、強い後悔を感じながらも周囲に相談することもできない。こうして精神的や社会的に孤立し、さらに症状が悪化するという悪循環が形成されていく。

 ところで、窃盗症に合併する疾患で圧倒的に高率なのが、摂食障害である。原被告も患っていることを告白しているが、摂食障害は拒食や過食を主症状とし、自身の体型認知の歪みや、太ることへの強い恐怖を伴う精神疾患だ。合併例では、過食が窃盗の原因になっていることも多い。

 摂食障害には、サブタイプと呼ばれるいくつかの型がある。原被告の場合、拒食と過食・嘔吐(おうと)を伴う神経性やせ症(むちゃ食い/排出型)というタイプで、長い病歴のいずれかの時期に一定期間経験していることが報道から推測できる。