杉山崇(神奈川大人間科学部教授)

 体操女子のリオ五輪代表、宮川紗江選手に対する日本協会の塚原千恵子女子強化本部長のパワハラ問題が大きな波紋を起こしました。10日に協会が公表した第三者委員会の報告では「悪性度の高い否定的な評価に値する行為であるとまではいえない」と、千恵子氏と夫の塚原光男副会長の宮川選手に対するパワハラは認定されませんでした。

 とはいえ、塚原夫妻側に「不適切な点が多々あった」と指摘しており、宮川選手も「信じられない」と話していると伝えられるように、日本体操界を揺るがした騒動の決着までは時間がかかりそうです。

 ところで、問題が明るみに出た9月、千恵子氏側は幕引きを図るつもりでマスコミ各社に「宮川紗江選手に対する謝罪」と題したファクスをリリースしましたが、この「謝罪」がさらに批判を呼ぶこととなりました。塚原氏のリリースは何かが間違っていたようです。

 では、千恵子氏にはこの事態がどのように見えていたのでしょうか。そして、そもそもパワハラを疑われる行為に至ったのは、どのような思いからだったのでしょうか。本稿は千恵子氏を糾弾するものでも擁護するものでもありませんが、ここでは本件を通してパワハラが発生する心理学的なメカニズムを考えてみましょう。

 パワハラの加害者は、自分の行為がパワハラであるという自覚がない場合が多いです。さらに、加害者に良識が足りなくてパワハラが生じている場合もあれば、良識があっても生じてしまう場合もあります。

 言い換えれば、たとえあなたがどんなに良識のある人でも、立場と状況がそろえば加害者になってしまうリスクが有るのです。まずは、あなたが加害者にならないために、良識のある人がパワハラに至るプロセスから考えてみましょう。

 パワハラは加害者の「社会的パワー」を背景に、弱い立場の人がパワーに逆らえない余り、被害者になることが特徴です。では、社会的パワーとは何でしょうか。このパワーは、実は加害者が持っているものではありません。社会または組織が加害者に与えたものなのです。

 では、なぜ社会や組織は加害者にパワーを与えてしまうのでしょうか。それは、社会や組織の目的を達成するために与えています。

2018年12月10日、臨時理事会後に
記者会見する日本体操協会の山本宜史専務理事
 したがって、社会的パワーには達成すべきミッションがセットになっています。言い換えれば、パワーを活用して人を動かしてミッションを達成できる人に、社会的パワーは与えられるのです。

 もちろん、このパワーは与えられた人個人のものではありません。良識のある人はそのことをよく分かっていて、当然ながらミッションを達成するために使います。しかし、ここで人の脳の構造的な問題がネックになります。

 実は人の脳ではミッションを達成するためのネットワークと、人の気持ちを察して思いやるネットワークは別物です。そして、この二つのネットワークは同時には働かないように作られています。お互いに抑制し合う関係にあるのです。