2018年12月12日 13:51 公開

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領(66)が、旧ソ連のスパイ時代に旧東ドイツ(ドイツ民主共和国)で使っていた身分証が発見された。身分証は旧東ドイツの秘密警察シュタージが発行したものとされ、ドイツ東部ドレスデンのシュタージ記録保管所で発見された。ドイツ政府のシュタージ記録庁(BStU)が11日に発表した。

シュタージは、東ドイツ国家保安省(MfS)工作員の通称。一般市民に対する徹底した監視活動を行い、恐れられた。市民の多くは、相互監視や密告を強制されていた。

プーチン氏はこれまで、1980年代にドレスデンでソ連国家保安委員会(KGB)職員として働いていた経歴について、誇りに思うと発言している。

プーチン氏のシュタージ用身分証は、KGBとシュタージの緊密な協働関係に関する研究の中で発見された。

プーチン氏はKGBの少佐だった1985年に身分証を手に入れた。プーチン氏はこの身分証でシュタージの施設内に入れるようになったが、シュタージのためにスパイ活動をしていたわけではない可能性がある。

BStUは11日の声明で、プーチン氏が「自分のKGBの任務をシュタージと協働で行えるように、身分証を手に入れた」とした。

BStUの報道官は、「これまでの調査では、ウラジーミル・プーチンがMfSのために働いていた様子はない」と述べた。

ロシア西部レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)出身のプーチン氏は、33歳だった1985年、東ドイツに派遣された。東ドイツで勤務中、娘2人が生まれている。

プーチン氏はKGB将校として1989年12月までドレスデンで勤務した。1989年12月には大規模な民主化要求デモの結果、東ドイツの共産主義政権が崩壊した。

プーチン氏のシュタージ用身分証は、3カ月ごとに更新されていた様子が、身分証に押された証印から分かる。なぜドレスデンのシュタージ資料内にプーチン氏が身分証を残したのかは、明らかになっていない。

ドレスデンにあったシュタージの県本部が抗議者に占拠されるのを、プーチン氏は目撃した。一方、共産主義政権の治安部隊は1989年12月5日、占拠者に発砲する寸前まで至っている。

これに先立ち、東西ドイツを分断していたベルリンの壁は11月、熱狂する東ベルリン市民によって既に崩壊している。

ドイツ語が流暢(りゅうちょう)に話せたプーチン氏は当時、ドレスデンでKGBの建物が取り囲まれた際には、自分が自ら集団をなだめ落ち着かせ、この建物はソヴィエト領だと警告したと話している。

プーチン氏はドレスデンでの任務中に、中佐に昇進した。

ロシア政府のウェブサイトによると、プーチン氏は1989年、東ドイツ共産主義政権から銅メダルを授与されている。「人民への忠実な奉仕」が理由という。

プーチン氏は帰国後、KGBの主な後継組織となったロシア連邦保安庁(FSB)の長官まで上り詰め、2000年にロシア大統領となった。

2017年6月、プーチン氏はKGB時代の任務が「違法な情報収集」に関係していたと明らかにした。プーチン氏はロシア国営テレビに対し、KGBのスパイは「特別な資質、特別な信念、そして特別な人格」を持った人々だったと語った。

BBCは、一時は極秘扱いになっていたKGBとシュタージによる合意内容を確認した。この合意によると、KGBは連絡役の職員30人を東ドイツにおいていた。この連絡役は、シュタージと直接協力して任務を進めていたという。

ロシア政府のドミトリー・ペスコフ報道官は、プーチン氏の過去のシュタージ用身分証が見つかったことについて、「KGBとシュタージは協力関係にある情報機関だった。なので、このような身分証を交換していた可能性はおそらく排除できない」と述べて受け流した。

(英語記事 Putin's Stasi spy ID pass found in Germany