高橋学(立命館大学環太平洋文明研究センター教授)

 2025年の国際博覧会(万博)の開催地が大阪に決定し、一部の政治家や経済人を喜ばせている。東京への経済の一極集中が進む中、大阪市を含む関西の著しい長期低落傾向を止めるきっかけとしたいとの思いが強いからだ。かつて、大阪は08年夏季五輪誘致に失敗しているだけに喜びはひとしおだろう。

 さらに、1970年に大阪北部の千里丘陵で開催された大阪万博の際、集中的に整備した地下鉄などのインフラが、50年を経て、思い切った再整備を必要としているという問題もある。

 この点では、2020年の東京五輪が、1964年の東京五輪時に造られた高速道路などのインフラの再整備を目論んでいることと同じだ。鉄筋コンクリートで造られた各種構造物の耐用年数がおよそ50年であることからしても、この点については首肯(しゅこう)できよう。

 しかし、ここで考えておかなければならない重要な問題がいくつかある。64年の東京五輪にしても70年の大阪万博にしても、「もはや戦後ではない」という掛け声とともに経済の高度成長期に整備され開催されたことである。

 日本国民の多くが「明日は今日より豊かになる」という夢を信じていた時期であった。新幹線や高速道路が開通し、富士山頂に造られたレーダーにより日本の周辺の台風の状況が可視化された。また、テレビや自家用車の急速な普及があった。日本の産業構造は大きく変化し都市に人口が集中し始めた時期でもあった。

 それゆえに忘れがちなのは、伊勢湾台風で名古屋市を中心とした東海地方で5098人の犠牲者が出た59年から、6434人の犠牲者が出た95年の兵庫県南部地震(阪神大震災)までのおよそ30年間、日本では経済の根幹を揺るがすような巨大災害が発生していなかったことだ。

 もちろん、まったく災害が発生しなかったわけではないが、犠牲者が1000人を超える規模はなかった。日本経済の高度成長期からバブル経済期まで、この点で非常に恵まれていたと言える。
2025年大阪万博の会場予定地の夢洲(手前)=大阪市此花区
2025年大阪万博の会場予定地の夢洲(手前)=大阪市此花区
 昭和の後半は大きな災害が発生せず、経済成長を謳歌(おうか)できた時代だったのだ。最近、ようやく防災意識が高まりつつあるが、現在社会の中枢を担っている世代の人々の多くは、巨大災害について教育を受けておらず、体験もしていないのである。

 そのため、今年の西日本豪雨、マグニチュード(M)6・1の大阪北部地震、台風21号、M6・7の北海道地震などで、適切な対応が取れず、被害が拡大したのは周知の通りだ。

 振り返れば、元号が昭和から平成に変わるとバブル経済が崩壊し、そして巨大災害の時代に突入した。そこで政府やマスコミは「未曽有の」「想定外の」という言葉を連発し、また被災した多くの市民も「まさかこの地域で」との思いを口にした。