熊代亨(精神科医)
昭和の終わりころまで、日本社会はタバコの煙に覆われていた。
当時は、タバコの健康被害が知られ始めていて、「タバコはがんや脳卒中の元」「タバコをポイ捨てするのはマナー違反」といったスローガンを見かけるようになっていた。それでもまだ、当時のタバコは、青少年が憧れる大人の象徴であり、一つのカルチャーでもあった。
新幹線や特急列車には必ず喫煙車両があり、街の至る所で喫煙者と紫煙を目にした。タバコを吸わない人々の不満はあったにせよ、世の中はそういう風に回っていた。
今はそうではない。分煙化が進んだことによって、受動禁煙は大幅に減った。新幹線や特急は全車両禁煙となり、紫煙は喫煙コーナーへと隔離された。
大人の象徴としてタバコに憧れる青少年も、今ではあまりいない。コンビニの駐車場にたむろしてタバコを吸う未成年を最後に見かけたのは、いつの日だっただろうか。
このように、タバコの社会的位置付けは大きく変わり、喫煙行為と、喫煙者に対する世の中のまなざしは大きく変わった。

健康増進という観点から考えれば、これは望ましいことといえる。他方で、喫煙者に対するまなざしはいよいよ厳しくなり、「タバコで健康を損ねるのは自己責任」という以上の批判や非難を向ける人も見かけるようになった。意見が先鋭化しやすいインターネット上では「喫煙者は人間ではない」と言わんばかりの書き込みも見られ、それが結構な数の「いいね!」を集めていることもある。