高橋宗瑠(人権活動家、国際人権法研究者)

 オリンピックに備えて東京都で禁煙条例ができるなど、近年は禁煙運動がかなり勢いを増しています。それに対して喫煙者から時たま聞こえてくるのは「タバコを吸う人にだって人権がある。行き過ぎだ」という意見です。

 他人の健康に害を及ぼすタバコを吸うことイコール人権であるという考えは「人権」というものを完全に取り違えていますが、残念ながらその手の誤解が日本では非常に多いと言えます。そもそも「人権とは何か」と聞かれても、答えることができない人がほとんどではないでしょうか。

 恐らく「人権とは自分らしく生きること」というような路線で考えるのが、大方の日本人の認識のように思われます。そうなると「私はタバコの煙が大嫌いで、タバコのない環境こそ自分らしく生きられる」という人の言うことにもうなずけるし、「私はタバコが大好きで、タバコを吸うのが最も自分らしい生き方」と言われると、なるほどと考えてしまいます。

 双方の折り合いをつけるためにはどうすればよいのでしょうか? ここで大概出て来るのが、日本人が大好きな「思いやり」です。タバコを嫌う人の周りで吸うと思いやりに欠けるので「人権侵害」になるのと同時に、どこでも禁煙にするとタバコが好きな人が「かわいそう」でやはり思いやりに欠け、「人権侵害」になるのでしょう。しかし人権という観点では、これらは完全にトンチンカンなのです。
※画像は本文と関係ありません(GettyImages) 
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 人権とは、「自分らしく生きる」ことや、「思いやりを持つ」などといった曖昧なものではなく、国際法の法文書に明確に規定され、定義されているものです。近代国家が作り上げられる過程などで国家権力の横暴および無策から市民を守る盾として発展し、世界人権宣言をはじめとするいくつもの国際条約に結集されています。

 例えば「性や人種、宗教や政治的意見などで差別されない権利」「拷問されない権利」「刑事司法で公正手続きを享受する権利」「教育を受ける権利」「医療を受ける権利」など多岐にわたりますが、どれも法律の文言で細かく定義され、国連の人権機関などによって詳細に解釈されています。「自分らしく生きる」や「思いやり」などという主観的なレベルの話ではありません。また、念のために明記しますが、「タバコを吸う権利」は当然ありません。