そもそも、今の安倍内閣自体が天皇ロボット説なのだから、無知蒙昧(むちもうまい)な安倍信者たちが、そこから抜け出せるわけがない。安倍内閣も、安倍応援団も、東大憲法学と内閣法制局の走狗(そうく)なのだ。

 もちろん、皇族のご発言には慎重であるべきだ。政治にかかわることに関してのご発言は、特に。発言すべきか否かと聞かれたら、私は「原則として否」と答える。しかし、「発言してはならないか」と聞かれたら、「発言して良い」と答える。今回の秋篠宮殿下のご発言は、よくよくのことではないか。特に宮内庁長官を名指しで「聞く耳を持たなかった」とまで批判された。

 臣民として恐懼(きょうく)すべきである。ところが、宮内庁も政府も「困惑するばかり」と、事の重大さを理解していない。帝国憲法下ならば、即座に宮内大臣は辞表を提出したはずだ。少なくとも私が名指しされた山本信一郎宮内庁長官ならば、己の不明を恥じ、即座に骸骨を乞う。山本長官は旧自治省出身だが、歴代宮内庁長官は全員が旧内務省系官庁の出身者だ。陛下にお仕えする宮内庁の長を、単なる天下りと思ってもらっては困る。

 もしかして政府も宮内庁も、今の皇室を「国民主権下で認めてやっている」とでも思っているのか。日本国憲法第一条には、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある。象徴天皇など、国民が認めてやっている。東大憲法学も内閣法制局も安倍内閣も、同じ穴の狢(むじな)だ。

 もはや、国民ひとり一人が自覚して、皇室の藩屏(守り)たらねばならない。秋篠宮殿下の真意は私のような身には計り知れない。しかし、慮(おもんぱか)ることはできる。

 大嘗祭を国の予算ではなく、内廷会計(皇室の予算)で行うべきとはどういうことか。国費で行うということは、憲法に縛られ政府の干渉を受ける。実際、過去の政府は皇室を蔑(ないがし)ろにしてきた歴史がある。昭和から平成の御世代わりの大喪の礼においては、「移動式鳥居」なる代物まで登場した。
皇居、宮内庁、宮殿=東京都千代田区(産経新聞チャーターヘリから)
皇居、宮内庁、宮殿=東京都千代田区(産経新聞チャーターヘリから)
 憲法が規定する政教分離の観点から、皇室の行事では鳥居があって良いが、国の行事ではあってはならないので、鳥居を移動させられたのだ。神道色が強い祭具はすべて撤去された。すべて政府の所業であり、何を宗教色が強いとするかの解釈も内閣法制局が一手に握る。

 私すら、このような政府に皇室の最も重要な祭事の一つである大嘗祭に触れてほしくないと思う。安倍内閣とて法制局の言いなりなのだから。

 そもそも論だが、連合国軍総司令部(GHQ)が皇室の財産を大幅に取り上げた。皇室はスズメの涙ほどの財産しかない。明治天皇の時代のように軍艦を作れるほどの予算が必要かどうかはともかく、約3億円の内廷費は少なすぎるだろう。これでは自然とがんじがらめにされてしまう。

 何度でも言う。皇室は民主主義のロボットではない。もし、民主主義がわが国に必要ならば、それは国民が皇室を守る。それがわが国の民主主義だ。(文中一部敬称略)