ケント ご存じのとおり、日本では学校だけでなく、マスコミも反日思想を熱心に植え付ける元凶になっています。国旗や国歌に敬意を示すのは、とんでもないという発想です。

 私がそれを再認識したのは、2016年8月9日のことでした。この日は前夜からリオ五輪をテレビ観戦していたのですが、男子体操の団体総合決勝で日本のチームが3大会ぶりの金メダルを見事に取った。朝4時を回っていましたが、眠たいのを堪えて観戦していてよかった(笑)。表彰式のあと、表彰台で「君が代」がどんなふうに聞こえたか、という記者の質問に対し、内村航平選手はこんなふうに答えていました。

「声が裏返るまで歌ってやろうと、みんなで言って、すごくゆっくり流れたので、ちょっと歌いづらかったですけれど、すごくみんな大きな声で歌えてよかったと思います」

 もし私が新聞記者だったら、これを記事の見出しにしましたよ。ところが、内村選手の君が代に関する発言を取り上げたのは、新聞では『産経新聞』だけでした。NHKは生放送時には当然放映しましたが、その後、このシーンを二度と流さなかった。他の民放も同様です。五輪で優勝した彼らが、一生懸命に君が代を歌ったというのは、普通の日本人なら誰もが感動するいい話じゃないですか。その部分をあえて無視するなんて、日本のメディアはほんとうにおかしい。異常だと思います。

 日本の学校では日の丸や君が代の意味や成り立ちを教えていませんからね。それどころか、日本の歴史や文化に関する基礎的なことすら教えていない。現在、私は拓殖大学の国際学部で日本の歴史と文化を教えています。学生の受講者がいちばん多い選択科目となっていますが、講義を重ねるうち、だんだん学生が引き込まれていくのを感じます。目がキラキラして、私語一つ聞こえない。毎回、レポートを書かせるのですが、A4用紙の裏までびっしりと感想を書いてくれる学生もいます。

 とても興味深かったレポートがあります。ある学生は親の勧めで高校時代に英語の勉強のためにカナダに留学していたのですが、日本人としての迷いが生じると同時に、生きる自信をなくしてしまった。大学入学後、今度は宗教的体験を求めてインドまで行ったそうですが、ますます自分がわからなくなり、ついに鬱病を発症してしまった。

 しかし、その学生はなんとか大学に戻り、私の講義に出ているうちに気分が明るくなってきて、自分はやはり日本人だったんだ、これからどう生きればいいのかわかりました、とレポートに書いてくれたんです。

 このようなレポートを読んで感じたのは、日本人がいかに高校まで日本のことを学んでいないか、またいわゆる自虐的な教育が子供たちをいかに傷つけているかです。まさにケントさんがいわれるとおりです。

ケント 祖国を愛せない人間は、祖国を愛している人間に比べたら、間違いなく不幸でしょう。それは、自分の親を愛したり、尊敬できない子供が、それを当たり前にできている子供と比べると、間違いなく不幸であることと同じです。

 間もなく総選挙が行なわれます。北朝鮮によるミサイル危機が本格化するなか、「愛国心」を基準に行動している政治家、政党を見極めることが、日本にとっていまほど問われている時期はないかもしれません。