お正月の風物詩「箱根駅伝」は、今年もまた新たな伝説とともに幕を閉じた──。優勝した青学大の下田裕太や田村和希、神奈川大・鈴木健吾、順天堂大・栃木渡ら、4年生は、“最後の箱根”となった。箱根駅伝で活躍した彼らには、2020年の東京五輪でのマラソン日本代表として、メダル獲得の期待が高まる。

 「東京五輪を迎えるとき、彼らは20代半ばと脂が乗り切っているので、表彰台を期待したい。地の利を生かして、駅伝で鍛えたスピードを披露してもらいたいですね」(30年来の箱根駅伝ファンである50代の主婦)

“箱根のスター”たちが、“オリンピックのメダリスト”になるという夢物語。ファンならずとも楽しみである。だが、彼らを待ち受ける未来は、必ずしも明るいとは限らないと、スポーツジャーナリストの酒井政人氏が指摘する。

 「1964年の東京から2016年のリオまでの五輪のマラソンで、入賞した9名(12回)のうち、箱根駅伝で活躍したのは、バルセロナ五輪8位の谷口浩美氏(日体大卒)とアテネ五輪6位の諏訪利成氏(東海大卒)くらい。ロンドン五輪6位の中本健太郎氏(拓殖大卒)も箱根に出場していますが、お世辞にも活躍したとはいい難い。箱根での成績と五輪は直結していないのが、日本長距離界の実情です」

 事実、ソウルとバルセロナの五輪2大会連続で4位入賞を果たした中山竹通や、バルセロナ五輪銀メダリストの森下広一、日本記録保持者の高岡寿成らは、箱根未経験者だ。

 箱根の山で見事な走りを見せた選手が、五輪はおろか早々と陸上競技の舞台から降りてしまうことも少なくない。彼らにとって、五輪は遠いステージなのだ。

 その代表例が「新・山の神」と謳われ、東洋大学を3度の総合優勝に導いた柏原竜二だ。柏原は4年間、箱根駅伝の山登りの難所といわれる5区(23.4km)を任され、4年連続で区間賞という偉業を達成した。自分の前に8人のランナーが走っていても、あっという間にごぼう抜き。その走りは圧巻だった。

2012年6月、陸上日本選手権の
男子1万メートルに出場した
富士通の柏原竜二(96番)=大阪・長居陸上競技場(鈴木健児撮影)
 東洋大学卒業後は、実業団の名門・富士通に入社。しかし、相次ぐけがに泣かされ、大学時代の栄光とは一変。2015年にシドニーマラソンに挑戦するも、2時間20分45秒で7位と、箱根駅伝での輝きは見られなかった。

 2017年3月、突如現役引退を発表。6月には第2の人生として、同社のアメリカンフットボール部「富士通フロンティアーズ」のマネジャーに転身したことを明らかにした。28才での引退には、「早すぎる」と、惜しむ声が相次いだが、柏原本人は引退後のインタビューで、その胸の内をこう明かしている。

 「周囲からは、かなり悩んでから引退を決断したと勘違いされがちですが、『昨季(2016年)の1年でけがをしたら、結果が出なかったらやめよう』という思いでやっていたので、ずるずると競技生活への未練を引っ張ることはなかったですね。自分の中では、東京五輪を目指すことよりも、引退後の人生の方に気持ちが向いていたんです。今は、競技者としての経験を、会社にどう還元するか、日々考えています」

 “後悔なき引退”だったことを強調した。