沖縄、パラオ、フィリピンと、国内外の戦地を訪問し、「悲しい歴史」と向き合ってきた天皇皇后が、いよいよ平成最後の終戦記念日を迎える。「平成という時代の総決算となるだろう。戦没者追悼式のおことばにも、そうした思いを込められるのではないか」と宮内庁関係者は語る。

 来年4月30日、今上天皇が譲位し、徳仁皇太子が即位する。だが、それは単に皇位の継承が行なわれ、元号が変わるということではない。

 「日本という国、日本人にとって代替わりとはどんな意味を持つかというと、やはり社会全体の雰囲気、時代を大きく変えるきっかけになるのだと思う」

 そう語るのは30年前、時の竹下内閣で昭和天皇の崩御から大喪の礼、今上天皇の即位の礼まで「平成の代替わり」の事務を取り仕切った石原信雄・元官房副長官だ。大正15年11月生まれの91歳、昭和の激動から敗戦、戦後復興から平成に至る歴史の生き証人でもある。

 「明治は日清、日露の戦争を経て日本が近代化の基礎固めをした時代。大正になると列強の一角として国が発展し、文化も花開いた。昭和は戦争と敗戦という激動の時代、それぞれの時代には社会の雰囲気というものがあって、その区切りとして代替わりがあるのだろうと考えます」(石原氏。以下「」内同)

 石原氏が政府の中枢から見た昭和から平成への改元は、どんな時代の転換点だったのか。

 「平成とは、『内平かに外成る』という意味ですが、本当に平和、民主政治が定着した時代だったと思う。元号が平成に決まったとき、当時の小渕恵三・官房長官が記者会見で『平成』という字を額縁に入れて掲げた。あれが国民に『激動の昭和は終わった、日本は変わったのだ』と実感させるためのスローガンとして機能したのではなかったか」

石原信雄・元官房副長官
 来年の天皇の代替わりは、過去3代とは違う。崩御ではなく、今上天皇の意思表明によって、約200年ぶりに皇室典範に定めのない譲位(生前退位)という形式で行なわれる。

「昭和から平成に時代がかわるとき、昭和天皇はそれ以前からずっと重篤な状態でした。崩御されたら、われわれ行政は次の瞬間から元号やら何やら具体的な準備をすぐ進めなければならない。でも、天皇陛下が崩御されることを前提に行政が動いているなんていうことを公にはできなかった。

 今回の代替わりは一応法律をつくって行なわれることではありますが、発端は今上陛下の率直なお気持ちの表明からであったことは誰もが知っています。ですから、政府には今後の手続きも本当にオープンに進めてほしいと思います」

〈天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます〉