佐伯順子(女性文化史研究家、同志社大大学院教授)


 日本の年の瀬の風物詩といえば、紅白歌合戦…という「常識」は、今や大きく変化した。1951年に放送開始された『NHK紅白歌合戦』の視聴率は、84年(第35回)までは80%前後を推移し、ピークは63年(第14回)の81・4%だった。

 しかし、86年(第37回)に初の50%代になってからは、それ以上視聴率が高まることはなく、2004年に30%代に落ちて以降、40%前後の視聴率で推移している。

 ただし、これを「紅白離れ」や紅白の「衰退」と否定的に評価するのは正確ではない。紅白歌合戦という枠組みの中での視聴率推移をみれば、確かに数値は右肩下がりだが、民放も含めたテレビ番組全体の視聴率として評価した場合には、大みそかという節目に依然、4割前後の視聴率を維持している事実は変わりなく、驚異的である。

 というのも、テレビ視聴率の低下は、紅白歌合戦に限ったことではなく、今やインターネットの発達をはじめとするメディア環境の大幅な変化によって、メディア接触時間が媒体によって多大な変容を遂げているからである。

 巷間(こうかん)言われる「若者のテレビ離れ」は数値としても明らかであり、2017年の調査結果によれば、10代から20代のインターネットの利用時間はテレビ視聴時間より上回る(総務省「平成29年 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」)。

 逆に40代、50代、60代ではテレビ視聴の時間がインターネット接触時間より長く、30代で拮抗し、10代、20代で逆転しているので、テレビのオーディエンスの中心は中高年という見解は、統計的には正しい。

 しかし、だからといって、テレビというメディア自体に将来がないという判断も早計である。前述のように「テレビ離れ」と言われている状況でも、視聴率1%をほぼ100万人と換算すれば、たとえば、紅白歌合戦という特定の番組が40%近い視聴率を獲得していることは、あなどれない数値であり、現代の若者と言われる世代が、高齢になってテレビを見ないという保証はないからだ。
第37回NHK紅白歌合戦のオープニング=1986年12月、NHKホール
第37回NHK紅白歌合戦のオープニング=1986年12月、NHKホール
 そして紅白歌合戦の視聴率低下の背景には、メディア環境の変化以外にも、ライフスタイルや「幸福」観の変容という、より大きな時代の流れがある。まず、昭和の高度成長期には、日本が敗戦の焼け跡から立ち上がり、「国民」一丸となって戦後復興を目指すという共通の目標があった。つまり、「国民」という連帯感、一体感が求められる時代背景があった。

 テレビというメディアもまた、この機運とともに発展した。東京オリンピック(1964年)、新幹線開通(同年)という高度成長期の象徴的イベントとともに、家庭用テレビが普及し、戦後の復興を実感する娯楽生活において、エンタテインメントとしても重要な位置を占めていた。