戦後の高度経済成長の時代に急速に拡大した新宗教は、どこも信者数の減少という事態に直面することになった。かつては名門とされ、多くのプロ野球の名選手を生んだPL学園の野球部が消滅してしまったのも、パーフェクトリバティー(PL)教団が衰退したからで、このことが新宗教の現状を象徴していた。

 日本で最大の新宗教である創価学会には、まだはっきりと衰退の兆候は見えていない。創価学会は、子供や孫への信仰の継承という難しい問題をある程度克服し、信者の数は減っていない。

 けれども、創価学会を引っ張ってきた、自分たちで信仰を獲得した婦人部などの会員は高齢化してきた。創価学会の高齢化は幹部にも現れており、今後この教団がどうなっていくかは、政治との関わりもあり、注目されるところである。

 衰退は新宗教だけのことではない。既成仏教教団の基盤は、主に地域共同体の結束が強い地方に置かれてきた。ところが、人口の減少や高齢化によって地域共同体の力は衰え、仏教教団の本山に参拝に訪れるような人たちも減ってきた。

 さらに、葬儀の簡略化が進んだのも、平成の時代の大きな特徴で、今では、身内だけの「家族葬」や火葬場に直行する「直葬」が中心になってきた。墓にしても、墓石を建てる一般の墓を造る人は減り、ロッカー形式の納骨堂が主流になった。法事が激減してきたのも、そうした動きと連動する。

東京都新宿区の創価学会本部別館
=2014年8月撮影
 神社信仰の場合、その状況がどうなっているかは目に付きにくい。だが、2017年暮れに起こった富岡八幡宮(はちまんぐう)での陰惨な事件は、神社に対するイメージダウンに結びついた。

 しかも、この事件の背景には、神社側とそれを管轄する神社本庁の対立があった。その神社本庁自体が、さまざまな点で問題を抱えていることも、平成の時代が終わりに近づくなかで明らかになってきた。

 神社本庁の傘下に入っていない靖国神社の宮司が、二代続けて任期を全うせずに退任したのも、平成の終わりになって初めて生まれた事態である。戦没者の遺族が高齢化し、亡くなる人も増えていく中で、靖国神社のあり方をどうするのか。次の時代には、それが問われることになる。