戦時中、慰安婦にすべく朝鮮で女性を強制連行したとされる話を積極的に報じてきた同紙が、これは「虚言師」の作り話に基づくものであったと認め、検証と謝罪の記事を大きく掲載した。この記事は言論界に大きな衝撃を与え、朝日新聞には抗議と定期購読解約が殺到した。これによって同紙は数十万部の発行部数減になった。

 こうした中でナショナリズムの風潮も台頭するようになった。これが従来のナショナリズムと様相を異にするのは、思想界・言論界から始まったものではなく、二〇〇七年発足の「在日特権を許さない市民の会」(在特会)が典型的なように、一般市民の運動、発言として出現したことである。

 これには平成期に驚異的発達を遂げた通信、情報の拡大が背景にある。要するにパソコン、携帯電話、スマホが爆発的に普及し、これによって「大衆的言論空間」とでも呼ぶべきものが出現したのである。このことは出版文化の低迷を招くことにもなり、かつて出版界にあった知識、情報の階層秩序も崩れ始め、悪しき平準化が観察できるようになった。

 また、平成七(一九九五)年には、社会の「安全」にかかわる大災害、大事件が続いて起こった。

 一つは、一月十七日の阪神淡路大震災である。平成二十三(二〇一一)年に東日本大震災が起きるまでは、戦後最大の災害で、伊勢湾台風(一九五九年=昭和三十四年)の死者五千人を超えて、約六千人の死者を出した。

 もう一つは、三月二十日のオウム真理教による東京地下鉄のサリン散布事件である。この凶暴かつ異常な宗教団体の犯罪によって、信教の自由論を含む日本人の宗教観は大きくゆさぶられ、治安意識にも変化が現れだした。

 六年後の二〇〇一年九月十一日、ニューヨークの世界貿易センタービルにイスラム系テロ組織のハイジャックした旅客機が突入自爆し、二千七百余人の死者が出た。宗教の種類は異なるものの、宗教が常に平和を実現するものとは限らないことを、内外のテロ事件は教えている。
米中枢同時多発テロで、ハイジャックされた航空機よって炎上する世界貿易センタービル=2001年9月11日
米中枢同時多発テロで、ハイジャックされた航空機よって炎上する世界貿易センタービル=2001年9月11日
 そして、二〇一一年三月十一日の東日本大震災は、千年に一度の規模の広範な巨大災害であり、「安全」と同時に「国土」という意識をも喚起したと言えよう。死者は約一万六千人にも及び、今なお行方不明者の遺体が発見されている。この大災害は原発破損ももたらし、直後に関東圏から西日本に避難する人たちもあった。保守系の反原発論者の主張には、安全な国土という意識が垣間見られる。

 ただ、これほどの大災害にもかかわらず、日本国民は冷静に対応して世界から称賛され、ボランティアなどの支援活動は現在も継続している。「国民意識」が健全な形で定着していたことが、期せずして明らかになったと言えよう。

※文中の「中国」は、呉智英氏の「支那」の表記を編集部が変更しています。