川上祐司(帝京大経済学部准教授)

 「スポーツ」の語源、ラテン語の「deportare」(デポルターレ)とは、人間として必要不可欠な真面目な事柄から一時的に離れた「遊び」を意味する。そして、人間は常に「俗」、つまり今の生活から逃れたいという願望を持つ。その先は「遊」の世界か、それとも神のみぞ知る「聖」の世界なのか。スポーツイベントには、この両者がひしめき合う。

 スポーツイベントの「聖地」として、海外ではテニスの英ウィンブルドン、ゴルフの米オーガスタなどが思い浮かぶ。どちらのイベントも、地域コミュニティーとともに自律したイデオロギーによって運営され、スポーツの持つ触媒機能が俗社会の発展にも寄与している。一方、わが国で言えば、野球の甲子園、ラグビーの花園、そして駅伝の箱根であろうか。しかし、これらはメディアが「商品化」したスポーツ、つまりメディアスポーツのイベントなのである。

 通称「箱根駅伝」。正式名は東京箱根間往復大学駅伝競走で、毎年1月2日、3日に行われる関東学生陸上競技連盟(関東学連)主催のローカル大会である。したがって、出場資格は関東学連所属の大学にとどまり、その多くが首都圏内に拠点を置く。

 わが国の陸上競技のアスリートたちは、まずは地元高校の陸上部に入部して、京都で開催される全国高等学校駅伝競走大会を目標にする。しかし、そこは既に箱根駅伝への入り口でもあり、関東学連に所属する大学を目指して都大路を駆け抜ける。そして彼らはこぞって上京するのである。

 以前、関東学連が箱根駅伝を第100回の記念大会となる2024年から「全国化」を検討しているという報道があった。だが、関東学連とそれ以外の大学との競技レベルの差は、10月開催の出雲全日本大学選抜駅伝競走(出雲駅伝)や、11月の全日本大学駅伝対校選手権大会(全日本大学駅伝)の結果を見ても明らかだ。果たして、競技レースとして成立するのか、現状では懐疑的である。
2018年11月、全日本大学駅伝でゴールする青学大のアンカー・梶谷瑠哉。2年ぶり2度目の優勝を果たした
2018年11月、全日本大学駅伝でゴールする青学大のアンカー・梶谷瑠哉。2年ぶり2度目の優勝を果たした
 しかし、このレベル差も、この大会の特別後援である日本テレビが、まるでドラマのように生中継で映し出す。繰り上げスタートはその象徴である。実際には、正月の道路渋滞対策として掲げられたこのルールも、トップチームとの差を10分以内に襷(たすき)をつなぐという過酷なレースとして、さらなる「宣伝効果」を高めている。中継の視聴率は毎年30%近い驚異的数字を誇り、テレビ視聴率ランキングで常に上位を連ねる。

 日テレは2014年以来4年連続となる年間世帯視聴率3冠を獲得したが、この学生ローカル大会が同局の経営に大いに貢献していると言えよう。だが、果たして選手たちはその恩恵を享受できているだろうか。力走する大学生たちには未成年も少なくないが、彼らのゼッケンには、特別協賛の国内大手ビールメーカーのロゴがプリントされている。「スポーツ先進国」米国では信じられない光景である。