もちろん、箱根の高い宣伝効果を、関東学連所属の各大学も見過ごすわけにはいかない。こぞって箱根駅伝出場を目指し、陸上部の長距離部門強化を打ち出す。そして駅伝競技部として独立して、箱根駅伝の常連校として名を連ねるのである。

 大きなアルファベット一文字が刻まれたユニホームの伝統校とは対照的に、漢字で記された大学名は駅伝新興校の特徴でもある。その模様は既に10月に開催される予選会から始まっている。たとえ本戦に出場できなくとも、大学としての「箱根出場プロジェクト」はある程度のパブリシティーが期待できる。少子化が進むわが国にとって、今や大学の学生確保は死活問題であり、箱根駅伝は関東学連所属大学にとっては有効なマーケティング施策であることは間違いない。

 箱根駅伝と出雲駅伝、全日本大学駅伝を併せて、いつしか「三大学生駅伝」と称されるようになった。両大会も箱根駅伝のように、在京キー局が主宰や後援として位置づく。いわゆる「わが社もの」であるメディアスポーツのイベントは、わが国メディアの特有のビジネスモデルであり、ここに放映権ビジネスの概念はない。

 箱根駅伝は文字通り、東京箱根間往復217・1キロを10区間で2日間かけて優勝を争う。1人当たりの距離は常に議論の的になる。一方、出雲駅伝は約45キロ、6区間で争われ、レース時間も約2時間前後で完結する。レースが高速化されるにつれ、記録更新のたびに距離が変更されるコース設定は、まるでテレビの放送枠に合わせているかのようだ。そもそも、この距離設定はわが国の陸上長距離界において意味があるのか。あと数十キロは欲しいとする競技関係者の意見に対し、キー局幹部はただただ苦笑いするだけだ。両者の目的は根本的に違い過ぎる。

 そもそも駅伝とは、1912年ストックホルム五輪男子マラソン代表の金栗四三の発案で、長距離強化に向けてマラソン選手を一度に多くの選手を作り出すことが目的であった。しかし、今やマラソンでの世界記録との差は、既に4分以上も開いてしまった。

第95回箱根駅伝、2区の梶谷(右)から
タスキを受ける青学大3区走者の森田歩希
=2019年1月2日、横浜市・戸塚中継所(矢島康弘撮影)
 日本実業団陸上競技連合は2020年東京五輪でマラソンのメダル獲得に向け、強化プロジェクトを創設し、日本記録更新選手への褒賞制度を設けた。実際に、昨年のシカゴマラソンで日本記録を出した大迫傑(すぐる)が褒賞金1億円を受け取っている。

 しかし、実業団チームに所属していない大迫は、元旦に行われる同連合主催の実業団駅伝大会(ニューイヤー駅伝)に出場する必要がない。ニューイヤー駅伝に向けて調整する実業団選手たちを尻目に、賞金対象となるマラソンへの調整をいそしむ。駅伝が果たすスポーツ競技的役割は、もはや終焉(しゅうえん)しているのではないか。

 今、日本の学生スポーツでもお手本にしようとしている全米大学体育協会(NCAA)とは、米国の約1300大学が加盟する非営利団体である。現在、23競技88大会を運営しているほか、「スチューデントアスリート」と呼ばれる学生約36万人の教育と競技の双方の支援を行っている。