ウクライナが脱原発できない「持つ国」の侵略恐怖


事故を起こしたチェルノブイリ原発4号機(石井孝明撮影)
 チェルノブイリ原発(ウクライナ)を訪問すると、強く印象に残ることがある。ここは廃虚ではなく、現在も送配電の拠点であり、廃炉作業が続くため、数千人もの人々が働く生きた施設なのだ。そして、原発事故後も14年間、別の原子炉は稼働していたのである。

 同原発は旧ソ連時代の1971年に建設が始まった。送配電施設と研究都市が併設され、近郊には電力を大量に使う巨大レーダーサイトも秘密裏につくられた。原発事故は86年4月に4号機で起こったが、同年夏から1-3号機は順次運転を再開し、4号機と同型の3号機は2000年まで使われた。

 91年のソ連崩壊でウクライナは独立した。直後の国会で「脱原発と原発の新規建設を凍結する」と決議した。だが、93年に撤回し、その後、同国は原子炉3機を新設した。現在、ウクライナでは15機の原子炉が稼働して、電力需要の半分をまかなっている。

 なぜ、脱原発ができなかったのか。

 ウクライナは、隣国のロシアと違って、石油や天然ガスなどのエネルギー資源があまり出ない。さらに旧ソ連の構成国は、連邦崩壊後に経済的な混乱に見舞われた。その中でエネルギー不足に悩んだ同国は「原子力の活用」を選択した。

 ロシアはウクライナを勢力圏と見なし、EU諸国と関係を深めることを嫌う。ウクライナに親EU政権があった2010年まででも3回、真冬にガスの供給を止め、政治的な圧力をかけた。14年に親ロ政権が崩壊した後は、黒海艦隊の司令部を置くクリミア半島を制圧して併合を宣言した。今もウクライナ東部地域でロシアが支援する武装勢力による紛争が続く。

 筆者は14年11月にウクライナを訪問した。現地では「ロシアの侵略の恐怖」が語られ、愛国心が盛り上がっていた。多くのウクライナ人と対話をしたが、ほぼ全員が原子力への否定的な意見を述べながら、当面の利用について認めていた。

 チェルノブイリ事故の被災者である77歳男性は「原子力には反対だが、電気が必要な以上は仕方ない」と話した。50代の首都・キエフの男性ガイドも「ロシアに、国の運命を握られたくない」と語っていた。

 日本では福島原発事故後、エネルギー政策が混乱し、原発の停止が続いている。11年度からの3年で9兆2000億円もの代替燃料費が必要となり、産油国などに流失した。だが、これは日本が豊かな国で、負担をする余裕があったからだ。

 エネルギーは国民生活の基盤になり、国の安全保障と密接に結びつく。それを「持つ国」は「持たざる国」に対し、外交カードに使う。周囲を対立国に囲まれる無資源国・日本の安全保障は大丈夫なのか。侵略を受ける無資源国・ウクライナで、筆者は日本の将来を心配してしまった。