ジェイ・アラバスター(米国人ジャーナリスト)

 「いいか、身の危険を感じたらすぐに戻るんだぞ、危険な場所なんだからな」

 それはAP通信の記者として東京で働いていた2010年のことだった。社内で日本の本州南端にある小さな町を取材する記者を募った際、僕はいつものように、事務所から抜け出て、会社の経費でちょっとした旅行ができると喜んで手を挙げたのだ。

 出発前に上司に呼ばれた際、二人きりの部屋で、まるで僕を戦地に送り出すかのように言ったのが冒頭の上司の言葉だった。奇妙な気分だった。僕は東京で働き始めてからもうすぐ10年になろうとしており、それまでに身の危険を感じたことなど一度もなかったからだ。日本は何と言っても世界でも指折り数える治安の良い国である。母国のアメリカとは比べものにならないほど安全だ。

 かつて僕は憤慨する右翼団体の取材をしたことも何度かあったし、太地の取材から1年後には東日本大震災で津波被害を受けた地域や、東京電力福島第一原発事故の取材も経験している。けれども過去に誰一人、僕を傷つけようとした日本人などいなかった。もし日本で僕が死ぬとしたら他人に傷つけられるよりも、むしろ自分で命を落とす方が確率的には高い、と言っても過言ではないだろう。

 僕が派遣されたのは、和歌山県太地町だった。当時、アカデミー賞候補だったドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ(The Cove)』の舞台となった町である。このときの取材は、この映画が賞を取った時に備え、太地町の生の声を拾って記事にするのが目的だった。

 数日間の予定で現地に滞在することを決め、東京から約8時間離れたその町へ向かう電車の中で、例のドキュメンタリーを観た。すぐに、上司がなぜ心配したのかを理解した。不気味なBGMとともに流れる冒頭の映像は、日本の小さな漁村の魚市場を映していた。むろん、すべて奇妙で怪しげなものとして描写されながら…。

 冒頭のシーンには、車のハンドルに身を被せるようにして、マスクと一風変わった帽子を深く被って顔を隠しながら運転するアメリカ人男性の姿があった。

 「大袈裟じゃない。あの漁師たちに見つかれば捕まって、私は殺されかねない」とその男性は真顔で言った。
ジェイ・アラバスター氏
ジェイ・アラバスター氏(提供写真)
 映画の中で、太地の漁師は「残虐な存在」として描かれていた。隠れてイルカを獲り、入り江(英語ではコーヴ)へと追い込み、そこで無残にもイルカを屠殺し、海は血で真っ赤に染まる。それだけではない。町を訪れる外国人も危険に晒されると強調されていた。漁の様子を撮影しようとする映画関係者や活動家たちはどこへ行っても尾行されるので、ホテルの部屋に身を潜め、カーテン越しにそっと外をうかがい、海岸に人がいなくなったら車に走り乗るという始末である。

 太地に着いた時、僕はその美しさにしばらく言葉を失った。なぜ自分がそこにいるのかさえも忘れたほどだった。深い緑の森に覆われた山々に囲まれ、江戸時代に古式捕鯨が始まった町はその日、鮮やかなピンクの花で満開の山桜が競うように咲き誇っていた。人々の住居は、海と山の間の細長い居住区に肩を並べるように密接して並んでおり、一世紀前に職人の手で建てられた木造の家の間を縫うようにして迷路のような小道が続く。そして海の美しさと言ったら、誰もが心を奪われるほどである。二つの湾の間を町が取り囲み、海ははっとするほどに透明で、海岸に立てばアワビや昆布に覆われる岩を突つきながら泳ぐフグの様子まで見えた。