倉山満(憲政史家)

 安倍晋三首相は今年4月1日に新元号を公表する意向を明らかにしたが、元号を御世代わりの前に公表したい勢力があるようだ。その勢力の筆頭として、報道されるたびに名前が挙がるのが杉田和博官房事務副長官だ。

 官房事務副長官とは、各官庁の調整を行う職だ。杉田副長官は警察庁出身で、内閣人事局長も兼ねる。霞が関に睨(にら)みを利かせ、「安倍一強」「官邸主導」の立役者として政官界では知られる。

 だが、あえて言おう。杉田副長官とて、黒幕の走狗(そうく)にすぎない。黒幕を叩かずして、走狗を攻撃しても意味がない。

 その黒幕が誰かはさておき、そもそも元号の事前公表とは、どういう問題なのか。明治維新に際して一世一元の制が定められ、皇室典範で成文法化された(旧典範第12条)。だが、敗戦の際に旧典範は廃止され、その後は慣習法が元号の法的根拠となった。

 やがて学界と言論界を中心に元号廃止運動が盛り上がり、対抗する形で保守陣営が元号法制化運動を進め、法制化された。成文法でも根拠を持った形になる。現行の元号法は2条しかない、短い法律だ。

【元号法】
第一条 元号は、政令で定める。
第二条 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。
【附 則】
第一項 この法律は、公布の日から施行する。
第二項 昭和の元号は、本則第一項の規定に基づき定められたものとする。


 最初の元号である「大化」以来、元号が事前に公表された先例はない。皇室を論じる場合に最も大事なのは、先例である。皇室において、新儀は不吉である。新儀はやむ得ない場合に行うものであり、自ら行うものではない。

 そうした日本国憲法どころか帝国憲法よりも以前から存在する皇室の慣習法を知らずとも、現行元号法のどこをどう読めば、元号を事前公表できるのか。

 昭和から平成への御世代わりを思い出してみよ。1年間、昭和天皇のご病状は悪く、政府は「その日」に備えて新たな元号を用意していた。しかし、昭和64年1月7日の崩御まで公表は差し控えられた。同日、当時の小渕恵三官房長官が「平成」の元号を公表したのを昨日のごとく思い出す方も多いだろう。システム上の問題など、特になかった。

 当時の竹下登内閣は、日本人としての道理を知っていた。竹下登と言えば中国に日本を売り飛ばした極悪人であり、闇将軍として次々と傀儡(かいらい)の総理大臣を挿げ替え平成の最初の10年を汚してくれた大悪党である。その竹下ですら、元号の事前公表などという暴挙は行わなかった。その暴挙を、保守を自任する安倍内閣が行おうとしている。

 一世一元の制においては、元号は新帝の贈り名となる。だから、新帝の名で公表されるのだ。現行憲法では使われない用語だが、改元は天皇の大権なのである。一世一元の制において新帝践祚(せんそ)に際してのみ元号が公表されることにより、現行憲法改元大権は健在なのである。元号法第2条こそ、改元大権の規定なのだ。
全国障害者スポーツ大会の開会式に出席された皇太子さま=2018年10月、福井市
全国障害者スポーツ大会の開会式に出席された皇太子さま=2018年10月、福井市
 どうしても事前公表したいのなら、元号法を改めるなり、一世一元の制をやめるなりすればよい。正当な手続きである、新規立法により行うべきだ。

 わが国の国体とは、皇室と国民の絆である。その国民による選挙で選ばれた国会議員が法律を変えたいと言い出した時、止める方法はない。仮に元号の事前公表のために元号法を変えるなら、一世一元の制を廃することとなる。