娯楽番組のように消費



  このようにテロリズムをオーディエンスの問題として考えると、テロリズムは消費の対象となり、一連のニュース報道はドラマのように消費され、その劇場が終わった瞬間にテロリズムはオーディエンスの問題意識から消え去るという展開を繰り返してきた。

  メディア報道によるテロリズムのキラーコンテンツ化は、こうして現実の社会問題としてのテロリズムと危機管理の問題を隠蔽する。

  日本人の多くは、劇場における物語として人質の解放を喜び、または人質の殺害を悲しみ、事件の終わりを物語の終わりとして認識し、劇場を去ると同時に日常生活に戻ることですべてを忘れ去る。これはリスク消費社会における現代人の病理である。

  この構造を創り出したのはメディアであり、ジャーナリズムであるともいえる。

  80年代後半から指摘され、2000年代で定着した「メディア報道の娯楽化」「ニュースのソフト化」という傾向と、それに対する「ワイドショーの政治化」「娯楽番組の政治化」という傾向との相互作用により、報道番組とワイドショー、情報番組の垣根がなくなっているように、それを受容するオーディエンスのなかでも、テロリズムや政治的問題への関心が高まっている。

  その一方で、意識のなかで報道の娯楽化、ニュースのソフト化が発生し、テロリズム等のニュース報道も娯楽番組と同じように消費する意識が常態化している。このように機能主義的に体制に回収される消費の論理のなかからは、政治的課題を解決するための実践的な行動は発生しない。
地下鉄サリン事件で、地下鉄日比谷線築地駅前の路上で
手当てを受ける被害者=1995年3月20日

  さらに、テロリズムをジャーナリズムと政治の問題として考えると、地下鉄サリン事件のメディア報道においても日本政府と警察、公安の危機管理能力が問われ、批判の対象となった。また、イラク邦人人質事件においても、北朝鮮テポドンミサイル実験においても、日本政府の危機管理体制の甘さが露呈し、メディア報道の批判の対象となった。


 タブーだった「危機管理」


 
 このように、テロリズムなどの社会的危機が発生するたびに、日本の危機管理体制が不備であることが一部のメディアや研究者から批判されてきた経緯がある。

  しかしながら、1995年の阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件を契機に、90年代以降、北朝鮮不審船事件と拉致問題の発覚、北朝鮮テポドンミサイル実験、アメリカ同時多発テロ事件など、繰り返される危機において、日本の危機管理体制の欠如がメディア報道で批判されるに至るまで、日本では「有事」や「危機管理」という言葉がタブーであったことを忘れてはならない。

  日本において警察政策学会という学会が誕生し、そのなかにテロ対策研究部会が発足してテロリズムの学術的な検討が始まったのも98年のことであった。  これまで長い間、一部のメディア報道が日本の危機管理構築をタブー化し、東京大学をはじめとする日本の大学においてもテロ対策や危機管理というテーマの研究、教育はタブー視されてきた。その結果、日本における有事や危機管理のための法制度の構築は遅れてきたのである。

  テロリズムや安全保障を全く学んでいない政治家や官僚、ジャーナリストを大量に生産してきたのが日本の教育制度であり、日本のメディア報道である。民主主義とシヴィリアン・コントロールにとって危機的な状態である。

  テロリズムや戦争、紛争など政治的危機にかかわる法制度について、戦後の日本は政府とメディア、国民が「ハリネズミの恋愛」ジレンマに陥ってしまっている。90年代以降をみても、PKO法、通信傍受法、国民保護法、国家安全保障会議設置法、特定秘密保護法など数々の法制度において、テロリズムや戦争などの政治的危機に対する危機管理の論点から、合理的で理性的な議論が積み重ねられてきたとは言い難い不幸な歴史を繰り返してきた。

  日本政府は常にメディア報道の批判を恐れて、危機管理構築のための十分な説明責任を果たしてこなかったし、一部のメディア報道もこうした法制度の構築に対して的外れな批判を繰り返してきた。メディアやジャーナリズムにとって、権力の監視機能は重要な役割であるが、テロリズムや危機管理の本質に根ざした批判や議論が十分になされてきたか、検証が必要である。