稀勢の里はアイドルだからこそ愛された。だが、横綱になるということはアイドルから卒業することを意味する。

 横綱というのは孤独な立場だ。常に優勝を争うことが求められ、成績が及ばなければ批判にさらされる。批判されるだけならまだいい。不振が続けば「激励」という名の引退勧告を受けることもある。

 そもそも横綱はアンタッチャブルな存在だからこそ、暴走してしまうことも多い。いつも完璧が求められ、時にその「反動」が出てしまうほど、自分を保つのが難しい立場なのだ。だからこそ歴代横綱の大半は在位中に不祥事を犯してしまう。ゆえに横綱を監視する意味も含めた「横綱審議委員会」という組織が必要になるわけである。むろん、彼らがその役割を果たしているかというのはまた別の話だが…。

 横綱になると、本場所でも巡業でも毎日土俵入りする。横綱は化粧まわしの上から注連縄(しめなわ)を巻く神聖な存在だ。そうあるために稀勢の里は常に努力し、努力に見合った成果を出さねばならなくなったということだ。

 結果から言えば、稀勢の里が横綱になれたのは、あの2017年大阪場所だけだった。

 12連勝で迎えた13日目、日馬富士に敗れて生命線である左腕を痛めた。翌日の鶴竜戦は相撲にならなかった。誰もが諦めた千秋楽で、ただ一人、稀勢の里だけが諦めていなかった。

 相撲が取れない体であることは誰の目にも明らかだったが、横綱としての使命感が稀勢の里を突き動かした。しかも、無謀な戦いを挑んだのではない。本割では立ち合いの変化で勝利を強引に手繰り寄せ、優勝決定戦ではここしかないというタイミングで逆転の小手投げを打った。

 あの時、稀勢の里は私たちが愛したアイドルではなかった。横綱としての務めをこれ以上ないほど果たし、人々の心を打った「英雄」だった。瞬間最高視聴率は約33%を記録した。
逆転優勝し、内閣総理大臣杯を受け取る稀勢の里(左)=2017年3月、エディオンアリーナ大阪(中島信生撮影)
逆転優勝し、内閣総理大臣杯を受け取る稀勢の里(左)=2017年3月、エディオンアリーナ大阪(中島信生撮影)
 だが、けがの代償はあまりに大きかった。

 稀勢の里が「横綱」に戻ることは、なかった。

 そして「アイドル」に戻ることもまた、なかった。

 8場所連続休場に、横綱連敗記録の更新。出場すれば金星を配給し、何よりも左で攻める稀勢の里の相撲が完全に失われてしまった。横綱として求められる神聖な強さはそこにはなく、目覚ましい強さと絶望的なもろさを交互に見せる愛すべきアイドル性も喪失していた。