稀勢の里にとっての「無能な上司」は、横綱審議委員会(横審)である。相撲に関してはほぼ素人といってよいメンバーから構成される集団、あるいは個人から、自身の横綱としてのあり方や相撲の取り口、さらには抽象的な「品格」などという表現を利用して批判にさらされ続けたことは、さぞかし心理的負担が大きかったことだろう。横審に反論することもできなければ、横審という組織が変わることも全く期待できないからだ。

 横審の存在意義はともかくとして、横綱を「批判してはならない」という意味では決してない。批判する一方で、稀勢の里という横綱の個性を大前提として、個性を生かすという考え方やムードが本当にあったか、そこが疑問である。

 これは今に始まったことではないが、どちらかといえば、横審はやはり「理想の横綱のあるべき姿」に稀勢の里を当てはめようとすることが前提のように感じられた。そもそも、横綱に推挙した決断自体が「日本人横綱が長きにわたって不在である」ことへの否定の表れのように見えてしまう。

 自戒を込めていえば、国民やメディアが「日本人横綱」を期待する心も、改めなければならない。日本人横綱という属性への期待は、単に記憶の中にある過去の大横綱の幻影を現役力士に投影する心理にほかならない。時代の変化に適応できていない、ただのノスタルジーの発揮なのである。

 稀勢の里自身も、ファンや国民の期待に応えようとするあまりに「唯一の日本人横綱」という立場に縛られ続けたであろうことは、本当に残念でならない。

 ところで、そもそも稀勢の里は「メンタルが弱い」「大事な場面で実力を発揮できない」と心理面などに起因する勝負弱さが欠点の一つであるといわれてきた。だが私は、これまでの発言や態度から、むしろ反対に精神的な強さを感じている。

 確かに、父親の萩原貞彦さんは「少年時代は泣き虫だった」というエピソードを話していた。また、中学2、3年次の担任である若林克治さんの「アンバランスな印象の子でした。見た目は大人以上に大きいのに、中身は子供なんですから」との評もある。

 しかし、人は子供のころの弱点を自身で認識していたり、他者からの指摘を受け続けると、その後の成長の過程で人生上の「克服すべき課題」として位置付けられ、結果、むしろ弱点が強みに変わることも少なくない。稀勢の里の、決して逃げず、言い訳もしない姿を見ていると、私にはこのタイプに映るのだ。

大相撲初場所3日目、栃煌山に
寄り切られ3連敗を喫し、
土俵下でうつむく横綱稀勢の里
=2019年1月15日、両国国技館(福島範和撮影)
 横綱に昇進してからというもの、稀勢の里はけがとの戦いや国民からの期待という重圧に耐え続けてきた。この2年間が、相撲道追求の結果として身につけた強靱(きょうじん)な精神力と、ファンをはじめとして周囲への配慮を最も重要視する彼の思いを基盤にして成立したのだとしたら、横綱として不名誉な記録を残してもなお現役続行にこだわった今までの彼の意思と、このタイミングでの引退の決断を、われわれ国民は最大限尊重すべきではないだろうか。

 稀勢の里が土俵から去った角界は、今後も横綱としてのありさまを、極めて抽象的で画一的な偶像に求めるのだろうか。もしそうならば、大相撲は脚本家の筋書きによるフィクションドラマとしてエンターテインメント路線に走るか、科学技術をフル活用して、AI(人工知能)を搭載した「横綱ロボット」の開発に注力した方がよい。

 伝統や格式、文化を維持することは、人がそれに合わせることではない。人や時代に合わせて、伝統や文化を再創造していくことに他ならないのである。