例えば、先に述べた筆者も参加した2017年5月30日号では、「押せばオチる女300人の服装」と題した記事が6ページにわたって掲載され、服装や髪形以外に、学歴や所持品など幅広い項目がパーセンテージ化され、オチる女性たちが分析されていた。

 ここで、女性の存在を記号化することが女性蔑視へとつながるメカニズムについて論じた面白い研究を二つ紹介したい。一つは日本のフェミニズム研究の先駆者である上野千鶴子氏の著書『女ぎらい-ニッポンのミソジニー』(朝日新聞出版)である。この著書の中で上野氏は、女性を性的対象としてみる女好きの男性ほど「女ぎらい」であると興味深い主張を展開している。

 上野氏は、「女ぎらい」という言葉は、裸やミニスカートといった女性らしさの記号に反応する、女好きな男性の在り様を形容する言葉であると考えているのだ。つまり、無類の女好きな男性は全て「女ぎらい」であり、女性蔑視者であるとする論だ。嫌悪と蔑視が結びつけられた形容詞であると考えてもらえばいいだろう。

 これに似た議論を、早稲田大人間科学部の森岡正博教授が男性の立場から、著書『感じない男』(筑摩書房)の中で展開している。森岡氏は、男性たちの多くが、たとえ男性の足であってもそれが女性の足であると聞かされた上で見せられると、その足に対して性的に反応してしまうことを、自身の体験をもとに述べている。

 つまり、男性たちの多くは女性そのものに対してではなく、ミニスカートから見える美しい足といった女性を連想させる記号に反応しているということだ。同じことが、ニューハーフバーに通う妻子持ちのサラリーマン男性たちにも言えるだろう。彼らは、生物学上は男性であるニューハーフ女性たちの纏(まと)う女らしさという記号に欲情しているのだ。アニメなど2次元の女性キャラクターに萌えるオタク男性たちも同じだ。
※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ)
※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ)
 男性週刊誌がセクシーな女性のグラビアを掲載し、女性の髪形や服装といった記号的部分に着目する形で「ヤレる女」と称した記事を企画・紹介していることからも分かるように、女好きな男性の関心は多くの場合、表面的な女性という記号にあると言える。

 かつて男性中心社会の陰に埋没してきた女性たちは、男性と同等の権利を得るために必死に努力してきた。男女雇用均等法以降、男性と肩を並べて競争する生き方が女性たちにとっていかに難しかったことか。妊娠や出産を機に男性と同じような長時間労働が困難になった女性たちの多くは思っただろう。均等法は依然、男性に有利な競争原理だ、と。

 そして、女性たちは男性が思う以上に、男性のことを「エロ目線」ではなく、もっと深い視点でしっかりと見ている。どうしたら男性と対等な立場に立って生きていけるのか、そもそも男性はなぜ自発的に変わろうとしないのか。きっと、記事に抗議した女子大生たちの中にはこのように考える者が多数いるだろう。

 女性は男性のことをどう思っているのか、軽い気持ちで知ってみたい方は、尾崎衣良(いら)氏の漫画『深夜のダメ恋図鑑』(小学館)をぜひとも読んでいただきたい。男性がいかに弱く、不完全で、自発的に変わろうとしない言い訳ばかりする生き物であるかが分かるだろう。しかし、従来の男性の役割から自己解放を果たし、女性と手を取り合って新たな人生を歩もうと努力する男性も多くいることを併せて言っておきたい。

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