香港の順序は、『法・理・情』。まず法律を重視する。企業は法律の保障を得ながらも、これらをすべて使い切ることはしない。法律を見渡して(契約の)合理性があるかないか、さらに人情があるかないかを検討し、相手方がより納得して受け入れられるように工夫するのである。

 しかし、中国大陸の順序は、『情・理・法』。まずは情。親戚や知人、元上司がいるかどうかを見る。いると、理を語る番になる。理に適っていればいいのだが、理がない場合はどうするかというと、情さえあれば、無理して理を作り出し、理を積み上げ、『無理』を『有理』に変えていくのである。情があって、理があって、そこでやっと法の順番が回ってくる。法は重要だ。適法なら問題なし、みんながハッピー。違法の場合はどうするか。それでも大丈夫、法律ギリギリすれすれのグレーゾーンで何とかする。それでも難しいようであれば、みんなでリスクを冒して一緒に違法する。法は衆を責めず、法律は、みんなで破れば怖くない。

(中国大陸には)数え切れない『情』があって、説明し切れない『理』がある。これらが法の均一的な実施を妨害し、法体系を弱体化させ、規則の整合性を破壊する。法の実施は人治に依存し、人の主観によって規則も変わる。法治の躯体に人治の魂が吹き込まれ、法の形骸化に至らしめる。中国の社会や経済の矛盾は、法の意志を無視し、法治を基本ルートや最終的解決法としないところから生まれる。いわゆる人情や調和に価値を追求すればするほど、適正な目的に背馳し、縦横無尽な悪果を嘗め尽くすことになる」(以上引用・抄訳)

 孟氏の日記は、「日本でこんなに良いことをやったのだから、私は犯罪に及ぶ悪人ではない。人情のある善人だ。信用されてもいいはずだ」と言わんばかりのニュアンスである。しかし、既述した通り、文脈における主体である会社と個人、その所為の無関連性が明らかであって、論理がすでに破たんしていた。

 つまり、「情」に訴えようとしたところで、「理」が破たんしたのである。裏返せば、理がそもそも破たんしていたのだから、情に訴えざるを得なかった。そういう状況だったかもしれない。
2018年12月、中国・北京の華為技術(ファーウェイ)の店舗でパソコンを見る客(AP=共同)
2018年12月、中国・北京の華為技術(ファーウェイ)の店舗でパソコンを見る客(AP=共同)
 気がつけば、孟氏のカナダでの逮捕は法律案件であって、「法」次元の話ではないか。さらに言ってしまえば、量刑にあたっての情状酌量の段階でもないのに、「情」や「理」を差し挟む余地はないだろう。

たちばな・さとし エリス・コンサルティング代表・法学博士。1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。