米中摩擦のさなか、南京事件記念日の前日にあたる12月12日、中国人民大政治学部の任剣濤教授の「報復心理によって形成された、中国の独善的な世界観は徹底して抑制しなければならない」と題する一文がネット上で流布した。被害者感情から他国を敵視するのではなく、理性的な世界観や、平等な契約に基づく国際関係の感覚を身につけなければならないと呼びかけた内容だ。これもまた大国としての自信に裏打ちされたものとみることができる。

 もう一つ、忘れてはならないことがある。日本のメディアでは、反腐敗の政治闘争で実権を掌握した習近平国家主席を独裁者として伝える報道が圧倒的だろう。だが、習政権下で、それまで散々メディアを賑(にぎ)わせた、いわゆる「反日デモ」がパタリと途絶えたことはほとんど注目されていない。

 国内をしっかり掌握した指導者の登壇は、中国でビジネスをする日系を含めた外資系企業にとっても、非常に歓迎すべきことのはずだ。だが、そろばん勘定をはじく人々はそんな恩恵に対して沈黙を守っている。

 過去の大規模な「反日デモ」は、日本の国連安全保障理事会入りに反対した2005年、漁船船長の逮捕に端を発した10年、尖閣諸島の国有化に抗議した12年と、政権基盤の弱い胡錦濤前国家主席時代に集中している。

 歴史的にみれば、抗日運動は1919年5月4日、山東省の権益を求めた日本の対華21カ条要求に抗議した「五・四運動」が始まりだが、当時も軟弱な中国政府を非難する側面が強かった。

 特に日系のスーパーや工場が甚大な被害を受けた2012年のデモでは、共産党中央の規律調査を受けた元治安トップの周永康元党中央政法委員会書記(元党中央政治局常務委員)が、抵抗を示すため背後で糸を引いたとの見方が強い。デモの先頭に「便衣」(私服警官)がいたとの指摘もある。周氏は習氏を暗殺し、政権を転覆させるクーデターまで企図していた。

 習氏はその後、周氏一派を反腐敗キャンペーンで根こそぎ摘発し、治安部門の実権を手中に収めた。最高指導部である常務委の定数を9から7に減らしたうえ、常務委に席のあった政法委書記を政治局員に格下げし、総書記自らが政法委を統括する体制を整えた。周氏の後ろ盾として、胡錦濤時代も院政を敷いた江沢民元国家主席の影響力は一掃された。

 「反日デモ」を含め、民族感情を刺激する排外運動は動員力が強く、政権の抵抗勢力による反政府運動や政治闘争を誘発しがちだ。政権基盤が弱ければ綱渡りの内外政策を強いられる。裏を返せば、毛沢東時代がそうであったように、強力な指導者の下で、不規則な「現代版義和団事件」は起きない、というのが中国の政治力学だ。

 指導者が毅然(きぜん)とした態度を取っている以上、メンツを立てて口出ししないのが中国人の発想である。だからこその「祖流我放」なのである。

 国営新華社通信は「米中貿易戦争」の報道に際し、盛んに新造語の「共克時艱(きょうこくじかん)」をスローガンとして呼びかけている。「国家の難(かんなん)な局に際し、民族が皆一つに団結して服していこう」との趣旨だ。トランプ米政権の高圧的な態度に刺激されて、国内で急速に拡散し、国家政策だけでなく、一般企業でも「共克時艱」と愛社精神を呼びかけているのを耳にする。

 つまり、ファーウェイ事件はタイミングよく「共克時艱」の契機をさらに提供したことになる。米国のスタンドプレーは、第三者の目にもフェアには映らない。敵に塩を送ったようなものだ。

 興味深いのは、上からの「共克時艱」と、下からの「祖流我放」が絶妙なバランスを取っていることである。無秩序に見える中国のネット世論だが、数々の教訓を繰り返しながら、言論空間として少しずつ成熟しているようにみえる。習氏が旗を振って「国家の自信」を呼びかけているのは、まだ自信に欠けている証拠である。だが、いつの日か、本当の自信を身につけ、もはや「自信」を口にしなくなる日が来るだろう。
握手するトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=2018年12月1日、ブエノスアイレス(新華社=共同)
握手するトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=2018年12月1日、ブエノスアイレス(新華社=共同)
 「中国の言論は全て政府や党がコントロールしている」と思っている日本人がいるとしたら、相当、自国の「官製メディア」に毒されていると反省した方がいい。隣国の変わりつつある姿から目をそらし、旧体制の中に閉じ籠もっていては、いずれ自分たちの道を誤ることになる。今や、ファーウェイへの敵視を煽るトランプ大統領の「腹の底」を見透かし、中国側の対応をじっくり観察する態度が求められている。