藤井靖(明星大心理学部准教授、臨床心理士)

 錦織圭が、全豪オープンテニス男子シングルス準々決勝で、第1シードの世界ランキング1位、ノバク・ジョコビッチに挑んだが、右脚の負傷により無念の途中棄権となった。

 錦織はこのゲームで、右太ももをテーピングでぐるぐる巻きにするなど、満身創痍(そうい)だった。それもそのはず、ここまで勝ち進んだ4試合中、3試合でフルセットの激闘を演じ、計5試合で14時間39分もの間、コートに立っていたのだ。

 ところで、テニスの男子ツアーを統括するプロテニス選手協会(ATP)では、選手のいろいろな特徴をデータ化してランキング化しているが、過去1年間で「プレッシャーのかかる場面で一番強い」のは、錦織であるとされている。

 この指標は、ブレークポイントでのゲーム獲得率、ブレークポイントのセーブ率、タイブレークの勝率、ファイナルセットでの勝率から算出されている。中でも、錦織のファイナルセットにおける勝率は、キャリアを通して76・5%であり、歴代トップを誇るという。つまり、長時間の戦いを繰り返しながら勝ち上がった全豪のようなプレースタイルは、彼の精神力と粘り強さ、勝負強さに裏付けられているのだ。

 しかし、強い精神力の一方で、錦織のプレー中の態度にはしばしば苦言が呈されている。例えば2017年の全仏オープンでは、対戦相手にブレークを許したタイミングでラケットをコートに叩きつけて、破壊してしまった。

 インターネット上では「態度の悪さにがっかり」「憧れている子供たちには悪い見本になる」などという批判と失望の声があがった。元プロテニス選手でスポーツキャスターの松岡修造氏も中継放送中に「よくないですね。錦織選手らしくない」と不快感を表明したこともあった。

全豪オープン男子シングルス4回戦でカレノブスタと対戦し、ラケットを投げつける錦織圭(共同)
全豪オープン男子シングルス4回戦で
カレノブスタと対戦し、ラケットを
投げつける錦織圭(共同)
 もちろん、テニス選手にとって一番重要な商売道具であるラケットを破壊することは、決して褒められた行為ではない。実際、大会ごとに「コード・バイオレーション」として罰金が科されることが多い。

 しかし、心理学的観点から見ると、彼の「怒り」の表現はパフォーマンスに対してプラスに働いているとみることもできる。

 通常、日本人のスポーツ選手は、怒りに限らず感情を表出した場合、パフォーマンスが低下していくことが多い。それは、日本では感情を大っぴらに表出する行為は慎むべきであり、自制することが善とされ、怒ること自体がマイナスの行為であると刷り込まれているからだ。