先に言及したように、人の感情はそれが自分のものであっても、簡単にコントロールできるものではない。しかし、「諦め→怒り→不安→挑戦」という基本的な感情のプロセスを踏むことで、ネガティブな諦めをポジティブなチャレンジに転化することは可能なのだ。その過程の中で、怒りはエネルギーとしても欠かせないのである。

 そもそも、生理学的や脳科学的に見ても、怒るということは動物の本能ともいえる。敵に襲われて戦うときはもちろん、逃げるときであっても、人は全力の反応を示す。

 つまり、生存するためには絶対に必要な本能なのであり、スポーツで極限状態に置かれた際に怒りを表出し、脳内にノルアドレナリンやアドレナリンといったホルモンが分泌され、身体のパフォーマンスを上げているという事実も忘れてはならない。もちろん、その後怒りを正しく処理し、冷静な判断と両立させることはいうまでもない。

 いずれにしても、一見ネガティブに思える「怒り」の感情が、彼のフルセットにも及ぶ激闘を支えていることに間違いない。一方で、それは身体的な負担にもつながっている。

 皮肉なことであるが、精神的な強さを持っているからこそ、身体に負担がかかっているのだ。勝負強いということは簡単に負けないわけで、試合が長引くということにつながる。

 また、先に挙げた脳内ホルモンは平常の状態とは違う興奮した身体状態を維持させるものでもある。いわば、自分の身体に無理をさせ続けているということである。

 つまり、錦織の「怒り」はハードワークが信条の彼のプレーを支えるものでもあり、一方でリスクにもなるということだ。

 実際、彼は足先から膝、腰、背中、腹筋、肘、手首に至るまで数多くの故障を経験し、海外メディアを中心にして「ツアーで最も壊れやすい選手」「ガラスの肉体」などと報道されることも多い。
全豪オープン男子シングルス3回戦、フルセットの激戦を制し、コートに両手と両膝をつく錦織圭(ゲッティ=共同)
全豪オープン男子シングルス3回戦、フルセットの激戦を制し、コートに両手と両膝をつく錦織圭(ゲッティ=共同)
 しかしながら、2018年シーズンに限っていえば、70戦あまりを戦って、棄権は1回のみである。冒頭に記述したように、全豪オープンでは今季1度目の棄権にはなったが、2018年の結果が、精神的な強さと身体的な強さ、双方の発揮という意味で、ベストバランスに近づいている証しだとすれば、われわれは今季、錦織のさらなる飛躍を目の当たりにすることができるかもしれない。

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