上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

 
 ゲノム編集の在り方が世間の関心を集めている。きっかけは昨年11月、中国南方科技大学の賀建奎(が・けんけい)副教授が、世界で初めてゲノム編集で遺伝子を改変した双子の赤ちゃんを作り出したと発表したことだった。

 この行為の妥当性については、既に多くの意見が寄せられている。日本でも報道され、ご存じの方も多いだろう。だが、多くの日本のメディアは、中国の研究者を倫理的側面から批判した。一方で西側先進国の科学研究に一刻も早く追いつこうとした中国の焦りを指摘した報道もある。

 私は、一連の報道は妥当だと考える。ただ、今回の件では、中国を批判するだけでいいのだろうかと疑問に思う。私は今こそ、ゲノム編集技術の基礎となる「ゲノム研究」の在り方について議論すべきだと考えるが、そのような指摘は残念ながら皆無である。

 ゲノム研究を推し進める原動力は、個別化医療の推進だ。個別化医療とは、主にがんの診療分野で、がんのゲノム情報に基づき治療法を変更することである。この診断・治療法が普及すれば、多くのがん患者が正確に診断され、適切な治療を受けられるようになる。副作用を減らし、より高い治療効果も期待できる。

 近年、個別化医療が急速に進歩した理由はゲノムシーケンス(DNAの配列決定)技術の急速な発達にある。1990年に米国が主導して始まったヒトゲノム計画の完遂には、13年の歳月と30億ドルの予算を要したが、最近では数時間、1千ドル程度で解読することが可能になった。

 近年は中国企業なども積極的に参入し、競争が激しい。コストは半額以下になるとも言われる。今回、問題となったゲノム修復技術は、その背景を知れば見方が変わってくる。

 このような技術革新は、医療業界のパワー・ポリティクス(力の政治)に影響を与えた。具体的には製薬企業や検査メーカーが仕切る領域にIT企業が参入するようになった。最初の標的は遺伝子ビジネスだった。米国では「23andMe」をはじめとした複数の遺伝子検査会社が、DTC(消費者への直接販売)による遺伝子検査を始めた。ちなみに、同社の株主はグーグル創業者の妻である。

 また、わが国でもDeNA社が、2014年8月から同様のサービスを開始した。このサービスを利用すれば、唾液を採取して検査会社に送るだけで、がんや糖尿病などにかかるリスクや、肥満や薄毛の体質などが解析できる。費用は検査項目によって異なるが、おおよそ1~3万円だ。

 このような成果は当然ながら、がん医療にも応用できる。
※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ)
※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ)
 2014年には米国で「マイ・パスウェイ試験」という多施設共同臨床研究が始まった。この臨床研究では、手術や細胞の一部を切り取って調べる「生検」などで患者から採取したがん組織を用いて、「HER2」「EGFR」「BRAF」「ヘッジホッグシグナル伝達系遺伝子」という4種類の遺伝子の変異を調べた。そして、遺伝子の変異の状況に併せて、分子標的治療薬「トラスツズマブ」や「ベムラフェニブ」などの投与を決めた。