また、賀副教授の主張によれば、双子は「健康」に生まれたという。1978年、英国で初の体外受精児、ルイーズ・ジョイ・ブラウンが誕生したときも同様の騒動があった。科学界から先天異常が深刻に懸念されたが、誕生したルイーズはごく普通の女の赤ちゃんだった。母親のレスリーは卵管閉塞(へいそく)で胎内受精が起こらず、不妊であった。体外受精がなければ、今は2児の母であるルイーズはこの世に存在しなかった。

 日本社会は不妊治療として体外受精や顕微授精を受け入れてきた。2015年の総治療回数は42万4151回とおそらく世界トップクラスだ。一方、ルイーズに懸念された先天異常があったとしたら、今日のような生殖医療の隆盛は起きなかったかもしれない。

 日本から中国の道徳観や規制を直截(ちょくさい)に批判することは実は難しい。まず、日本の道徳の概念は中国の儒教や老荘思想と西洋のモラルと二つの起源を有する事実がある。

 また、中国と同様、日本でも遺伝子改変児の作出の規制は強制力のある法規制ではなく、行政指針をとる現状がある。具体的には「遺伝子治療等臨床研究に関する指針第七 生殖細胞等の遺伝的改変の禁止」であるが、これは遺伝子導入のみが対象であり、賀副教授のようにゲノム編集の酵素をタンパク質やmRNAの形態で胚に注入する場合は対象とはならない。

 ヒトゲノムは細胞の中で核以外にミトコンドリアにもあるが、厚生労働省は近年大阪で実施されたミトコンドリアゲノムを改変する不妊治療の臨床研究を擁護した経緯がある。さらに、サミット後の12月6日、参議院厚生労働委員会で、薬師寺道代参院議員(無所属)がゲノム編集の生殖利用を法的禁止にすることを求めたが、「法の改正は困難であり、進展が早い医療分野は指針が妥当」と厚生労働省は抗弁した。
国際会議で質問に答える中国の南方科技大の賀建奎副教授=2018年11月、香港(共同)
国際会議で質問に答える中国の南方科技大の賀建奎副教授=2018年11月、香港(共同)
 今はヒトゲノム編集を禁止とするが、生殖のイノベーションが見通せる時がいずれ到来することを予期し、当面は国会審議を経ずに速やかに解禁できる行政指針で様子をみていく意向なのかもしれない。

 過熱気味の報道に気を取られすぎると、ヒト生殖、家族形成と医療の関係の本質を見失う。賀副教授のゲノム編集の生殖利用が不適切であったなら、他にどのような利用が考えられるだろうか。