彼はもちろん韓国Kリーグに所属したこともあるから、韓国のパスポートもある。さらに言えば、在日コリアンとしてパスポートに準ずる日本在住の外国籍に発行される渡航書類も入手可能だろう。つまり、日本と韓国、北朝鮮のどの国でも代表選手になろうと思えばなれたわけである。こういうケースは日本では珍しがられるだろうが、国境を陸で接して人々が行き来する国では常識である。

 スポーツ競技であるから、ナショナルチームの所属のルールをつくるが、そこに過剰な意味は見いださないというのがスポーツ界のおおよその考え方だ。事実、五輪憲章ではスポーツに過剰なナショナリズムを持ち込まないことが求められており、むしろその壁を越えることがスポーツの使命でもある。

 国籍や民族といったものは、一人の人間の実存の前にはフィクションに過ぎない。大坂なおみの「アイデンティティーは深く考えない。私は私」というコメントを聞くと、こうした思いをさらに強くする。

 さて、「グローバリズム」は資本主義の拝金主義的な拡大であるといった「古臭いガラパゴス」民族主義左翼のような物言いをされることがしばしばある。それがまたインターネットというグローバリズムの権化ともいえる場所でのことなのだから、皮肉なものである。

 グローバリズムとは資本だけが越境するものではない。ヒト・モノ・カネ、さらには情報や文化までもが越境する。大坂なおみの存在もその一つだ。そこには、やはり貴重な何かがある。

 日本のガラパゴスルールは「国籍唯一の原則」という古いルールをいまだ更新できず、世界の潮流からまた少しずつ後退していくのである。そういえば、台湾のイケメン選手と結婚した卓球の福原愛の子供も、いつか国籍を選ばなければならないだろう。その時、また国籍唯一の原則や台湾か、中国かという古臭い問題に法務省は再び頭を抱えることになるのだろうか。
テニス全豪オープン女子シングルス準決勝で決勝進出を決め、笑顔でインタビューを受ける大坂なおみ=2019年1月24日、豪メルボルン(共同)
テニス全豪オープン女子シングルス準決勝で決勝進出を決め、笑顔でインタビューを受ける大坂なおみ=2019年1月24日、豪メルボルン(共同)
 大坂なおみについて言えば、日清食品のアニメCMで彼女の肌の色が白く描かれ、いわゆる「ホワイトウォッシュ」(有色人種の見た目を白人に近づけて描くこと)という差別行為ではないかと物議を醸した。しかも、この騒動について言及した大坂のコメントが誤訳(改訳?)され、さも「何も問題はない」と語っているかのように報道されてしまったことも話題になり、グローバルな21世紀とはとても思えない事態が立て続けに起きている。

 今後、グローバル社会に直面する意識の問題は、二重国籍問題に限らないだろう。わたしたちは、むしろ今回の議論を大坂なおみという「グローバリズムの申し子」が古臭い日本社会にプレゼントしてくれた課題として前向きに受け止めていくべきではないだろうか。

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