
2019年01月30日 12:43 公開
そしてまた、ブレグジットは重要な節目を迎えた。
イギリスの欧州連合(EU)離脱=ブレグジットについて英下院は29日夜、政府がEUとまとめた離脱協定がどうあってほしいかについて投票した。
つい先ほど何があったのか分かりにくいかもしれないので、できるだけ簡単に解説してみる――。
まずは短い解説
イギリスは3月29日にEUを離脱するが、イギリスの下院議員はいまだに、どうやって離脱するのが良いか合意できていない。
テリーザ・メイ首相は、自分がEUとまとめた合意について何としても下院の支持を取り付けたいところだ。一方で29日の審議では下院議員たちが、自分たちが良いと思う離脱方法を提案するチャンスだった。
議員たちが提出した修正案のほとんどは反対多数で否決されたが、重要なひとつの修正案は賛成多数で可決された。
メイ首相はこの修正案をより所にEUに戻り、新しい合意を目指し交渉を試みることになる(EU加盟国のアイルランドとイギリスの一部の北アイルランドは地続きのため、その国境をどうするのかが焦点となる)。
しかし、EU側はもう協定は交渉済みで、再交渉はしないと言っている。そこが問題だ。
その背景は
イギリスの法律で決まっているブレグジット期限は3月29日。それまで2カ月しかないが、政府はまだどういう条件で離脱するのかを最終決定していない。
29日の下院採決によって、離脱プロセスはますます分かりにくいものになりかねない。
2018年11月を振り返ってみよう。当時これは、実に大きな前進だと思われたものだ。
2016年6月の国民投票で投票した52%がEU離脱を希望し、英政府とEUはそれから2年間、離脱の方法について込み入った交渉を続けた。
その結果、昨年11月に双方はついに合意に達し、テリーザ・メイ首相は英国民は「もうこれ以上ブレグジットについて言い争いたくないと思っている」と発言した。
英政府とEUが交わした離脱協定を施行するには、英議会の承認が必要だ。しかし、首相が率いる与党・保守党の議員の全面的な支持を取り付けるのは困難で(以下参照)、多くの保守党議員が首相に造反した。その結果、下院は2週間前の15日、政府がまとめた協定を432対202の票差で否決した。現職内閣にとって歴史的な大敗だった。
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29日に何が起きたのか
この日の下院審議では、すべての下院議員が、離脱協定をどう修正すべきか、提案することができた。議員提出のこうした修正案も、下院採決の対象となった。
最終的には、7つの修正案が採決の対象になり、そのうち5つは否決された。
しかし、可決されたものが2つあった。
(1) アイルランド国境の再交渉
メイ首相が昨年11月にEUと交わした協定では、北アイルランドとアイルランドの間に「厳格な国境」は設けないという内容が含まれた。このための措置を「バックストップ」と呼ぶ。
アイルランドはEU加盟国で、北アイルランドはイギリスの一部だ。ブレグジット後はこの間に、イギリスとEUの唯一の地続きの国境ができることになる。「厳格な国境」を置かないとはつまり、ブレグジット後も厳格な国境検査をせずにモノが通過できるようにするということだ。
しかし、バックストップ条項によると、ブレグジット後の移行期間が終わる2020年12月までに国境の扱いが解決できなかった場合、北アイルランドはEU単一市場の一部ルールに従うことになる。つまり、北アイルランドに入る製品はEU基準で検査されることになる。
さらに、このバックストップでは一時的な単一関税区域が設けられるため、実質的には英国全体がEUの関税同盟に残ることになる。
何より、EU側が合意しなければ、イギリスはバックストップから抜け出せない。
EUときっぱり手を切りたい与党・保守党のブレグジット派議員たちはそのため、このバックストップ条項に猛反発している。また、政権と閣外協力している北アイルランドの民主統一党(DUP)も、バックストップによって北アイルランドとグレートブリテン島で差異がでれば、それはイギリスの連合を脅かし、1998年のベルファスト合意(イギリスとアイルランドの和平合意)に抵触するものだと反発している。
こうした状況で29日夜、大多数の下院議員は、バックストップ条項を変更する新しい協定が必要だと表明した。
しかしそれは言うほど簡単なことではない。
(2) 「合意なし」を回避
大多数の下院議員はこのほか、何の合意もないままEUを離脱することがないように求める動議を可決した(なぜ大勢が「合意なし離脱」を心配しているかは後述)。
少なくとも、ほとんどの議員が「合意なし」についてどう思っているかは、これで分かった。しかし、実態は何も変わっていない。議員たちは、「どうやって」合意なしを回避すべきか、方策を提案したわけではないので。
そして、動議は可決されたが、法的拘束力はない。そのため、合意なしブレグジットはまだ現実のものとなり得る。
次はどうなる
さあ。
理屈の上では、メイ首相はこれでEUに対して、バックストップの再交渉を求めることができる。議会の後ろ盾を得たので。
しかし、EU側は再交渉するつもりはないし、そもそも再交渉の必要性すらないという姿勢だ。バックストップ問題はもう解決済みだと。
EU加盟国のアイルランドも、バックストップ条項の修正を求めていない。
EUが再交渉に応じず、英下院が妥協案を見出せないなら、次はどうなるのか。
それが「ハード・ブレグジット」だ。何の取り決めもないまま、イギリスは3月29日に自動的にEU加盟国でなくなる。
何の移行期間もなく、ぷっつりいきなり離脱することになる。
合意なし離脱による悪影響については、食品や原材料など多くの品目のイギリス輸入が遅滞し、物価が急騰するのではないかなど、様々な懸念が各方面から指摘されている。
しかも、大多数の英下院議員が「合意なしブレグジット」に反対していることが、今回の下院採決でEU側の知るところとなった。それだけに、もし実際に再交渉が実現した場合、EUは有利な立場での交渉になるかもしれない。
合意なしブレグジットだとどうなる
この場合、イギリスは即座に、移行期間なしに、EU規則に従う必要がなくなる。
メイ政権をはじめ大勢は、これはイギリスに深刻な打撃を与えることになると考え、段階的な離脱を求めている。しかし、離脱方法について下院が合意できないままだと、イギリスは自動的に3月29日に離脱する。
その場合、貿易についてはEU規則ではなく世界貿易機関(WTO)の決まりに従うことになる。多くの企業にとって、輸出入やサービスが新しく課税対象となり、事業費がふくれ上がる見通しで、この影響で商品によっては英国内の小売価格が上昇するだろう。
イギリスがEU加盟国として参加していた他国との貿易協定は適用されなくなり、イギリスはEUをはじめ諸外国と個別に貿易協定を再交渉することになる。
イギリス国内の製造業者は、部品の輸入に遅れが出ると予測している。
イギリスは独自の出入国規制を自由に導入できるようになる。しかし、EU域内で働いたり暮らしたりしている英国人は、法的立場があいまいになるかもしれない。欧州委員会は、たとえ合意なしブレグジットになったとしても、最長90日間の短期滞在ならば英国民はEU域内でビザを必要としないという姿勢だ。
北アイルランドとアイルランドの間の国境が、EUとイギリスの間の税関や出入国管理の前線となる。しかし、この国境をどのように、どこまで管理するのかは、不透明なままだ。
一部の離脱派は、準備さえしっかりすれば合意なしブレグジットは良いことだと考えている。合意なしブレグジットの危険性を強調する批判派は単に国民の恐怖をあおっているだけで、離脱直後の短期的マイナスは長期的なメリットの代償に過ぎないと、一部の離脱派は言う。
しかし、残留派か離脱派かを問わず、合意なしブレグジットはイギリスにとって悲惨なことになると批判する声は多い。食費は上がり、物不足に陥り、国境検査が増えることで南東部の道路が大渋滞に陥ると、こうした人たちは懸念している。