遠藤薫(学習院大教授)

 旅をして、知らない町の市場を歩くのが好きだ。

 魚市場、古くからある商店街、夜市、門前市などなど。市場はその土地ならではの、生々しい人間たちの生活感があふれている。海外で言葉が通じなくても、身ぶり手ぶりで、比べたり、値切ったり、結局買わなかったり、掘り出し物にほくほくしたりすることができる。

 そんな楽しみは生身の人間たちが行き交うリアルな空間に限られはしない。膨大なショップや商品を集めたオンラインサイトもまた人をワクワクさせる。Amazon、アリババ、Yahoo、楽天など、名立たるプラットホームはこのドキドキ感で人々を引き寄せる。ZOZOなどの新規プラットホームはまた新たな戦略で出店社と顧客を集めようとする。その全体もまた、大きな「市」といえるかもしれない。本稿では、そんな「市」の生態系について考えてみる。

 1995年、「伽藍(がらん)とバザール」というエッセーが大きな話題を呼んだ。アメリカのプログラマーであるエリック・レイモンドが、オープンソースソフトウエアの開発方式について述べたものだ。伽藍(カテドラル、大聖堂)型の開発は、クローズド(閉鎖的)な組織によってトップダウン的に整然と行われる。他方、バザール(市場)型では、ソースコードをインターネット上に公開し、不特定多数の利用者・開発者がそれを検証し、改良していく。これによって、よりセキュリティーの保証された、しかも変化に即応するソフトウエア開発が可能になる、というのがレイモンドの主張だった。

 ここで言う「バザール」とは、いわばユーザーたちが思い思いに働きかけることによって生み出されるソフトウエア開発の「場」を指している。そして、インターネットが、ソフトウエア開発だけでなく、その上にさまざまなユーザーたちの価値創造の「場」を創り出す性質を持つものであることを、このエッセーから人々は感じ取った。

 1995年といえば、グラフィカルなユーザーインターフェースやネットワーク機能を強化したWindows95が発売され、AppleのMacintosh(マッキントッシュ)シリーズとともに、一般のユーザーたちの間にインターネット利用が広く浸透し始めた年である。
図1 台湾・西門町(2017年、遠藤撮影)
台湾・西門町(2017年、遠藤撮影)
 この新しい空間は、何よりもまずバーチャルなコミュニケーション(電子メール、チャット、ホームページなど)に使われ、人々が自由に思いを語り合う「広場」のイメージで認知されることになった。

 人々が出会うとき、コミュニケーションとともに、モノとモノの交換が始まるのも、人類史の初めから行われてきたことだ。インターネット空間は、「広場」であるだけでなく、「市場」としての広がりもみせることになった。

 今や世界トップに名を連ねる巨大企業となったAmazon.comも1995年7月にオンライン書店サービスを開始した。