以上のように、体罰が禁止されているといっても、日本にも懲戒制度はある。しかし、体罰をすることが厳しく禁止された学校の中で「生徒が暴れているのを止められない」「生徒が凶器になる工具を持ってふらふらと歩いているのを放置する」といった現状について、各現場の教員から相談を受けることがある。

 危険だと言ってモノを取り上げようとするものなら「体罰だ」(厳密には安全確保のための正当行為であって体罰には当たらない)と言われ、保護者からもクレームが入りと、大騒ぎになることがあるのだ。さらには、居残り授業なども、本人がボイコットして帰ってしまえば、事実上強制的に従わせるようなことはできず、親が非協力的であれば、その子は指導を受ける機会を失う。

 今回の事件の舞台は高校のため、暴言や校則違反を理由に、退学処分はともかくとしても停学処分や訓告処分にすることはできた可能性があるが、公立の小中学校では、停学や退学といった強力な処分を持たず、不服を述べる保護者を止める術がない。結果、周りの生徒や保護者や教員に我慢をさせて、卒業まで当該生徒の行動と向き合うこともなく、ただやり過ごすことになる。

 これは、単に「体罰がないからコントロールが効かなくなった」というものではないだろうが、学校が厳しい態度で生徒や保護者に接することが難しいがゆえの影響と言える。

 また、私立の学校や公立の高校では、停学などの懲戒処分ができるといっても、停学処分や退学処分は、結果的に生徒の「学校での学びの機会」を失わせるだけで、実際には生徒の反省の機会に結びつかないということが指摘される。

 例えば、アメリカでは生徒に対する懲戒制度は州ごとに特色があり、州によっては一定の手続きの下に、体罰を行うことができると規定されている。
※写真はイメージです(GettyImages)
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 その制度自体は、ハンドブックで規則とそれに違反した場合の懲戒手段(体罰の有無)を事前に示し、事前に体罰を了承する旨の文書を保護者から得て、校長のみが体罰を行使し、定められたパドル(paddle)と呼ばれる木の板で3~5回打つ。また校長以外に証人が見届け、事後は記録し保護者や教育委員会に報告する、といったような手続きに基づいて体罰を行うことができるとするものである。

 体罰といっても決してヒステリックに生徒を叩くことを認めたものではないが、一方で体罰による教育効果を前提としている。

 懲戒制度について、特に退学処分や停学処分といった懲戒だけでは、結果的に生徒に低い自己評価しか与えられず、生徒が法制度に触れる行為に走る危険性を高めてしまうことが指摘されている。教育の機会を失った生徒たちのドロップアウトが加速し、学校生活のみならず社会生活の障害にもつながりかねない。国という単位でみても損失を招きかねない重大な問題と把握されている。

 その一つの回答として、停学や退学で教育の機会を失わせるよりも、体罰で短時間的に解消することの方が生徒の「教育の機会喪失」を少なく済ませられるという見方をしているようだ。