また、体罰以外の懲戒制度自体も細かく規定が定められており、例えば懲戒制度の流れも、生徒への注意、保護者面接、課外活動などへの参加禁止、教室から隔離し校内の別の場所で課題を行うこと、一定期間の停学というように、懲戒制度の運用が厳密に規定されている。小さい問題のうちに、厳正に対処することが心がけられているのだ。

 以上のように海外でも学校運営の課題に対し、さまざまな工夫をしながら懲戒制度を定めている。現状の日本では、小中学校で懲戒制度が事実上機能しがたく、かといって高校や私学で実施できる懲戒制度でも、停学処分や退学処分といった懲戒だけでは、生徒に無目的な休みを与え、教育チャンスを失わせるばかりで、発展的な解決につながりづらい。

 これでは、真の意味で教育を必要とする生徒たちほど、そのチャンスを欠いたまま、大人になることになる。

 ただし、体罰自体が持っている生徒への悪影響が科学的に指摘されて久しいことから、体罰を用いた教育が今後、日本の教育で用いられるべきかといえば、私は反対だ。

 私は弁護士として、いじめ問題の改善のために学校に行くことが多いが、いじめっ子たちから「あいつは空気が読めないから叩かれて仕方がない」などと彼らなりの正論をよく聞く。まさに、体罰による教育を子供が、子供なりに、子供に向かって行っているのだ。

 一方で、学校教員が生徒に対し、しっかりと指導できないならば、明確な事前の手続きを踏まえた上での、感情的な攻撃ではない、体罰以外の懲戒制度を持つ必要もあるだろう。そのためには、例えば一定期間社会奉仕活動への従事を義務付けることなど、今よりも広い懲戒制度の在り方も考えられると思う。
※写真はイメージです(GettyImages)
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 また、懲戒はあくまでも、はっきりとした目的を生徒たちと共有することで成り立つ。そういった意味では、懲戒制度を教育制度の一環にするためには、明確な手続きの設定と最低でも教員が一人一人の生徒と向き合って話せる環境を作る必要がある。特に生徒の特性を理解するために、発達心理学などの専門的知識による分析があるべきだと思う。

 今回の事件は、現在の日本の教育制度、特に懲戒制度の課題にもつながる。「単なる体罰の是非」ではなく、教員と生徒の在り方や、学校が行うことができる懲戒とそれを受けた生徒たちが何を感じるのか。また、こうした事件が起きるまでの間にあったはずの小学校や中学校での教育では、他にもっと何かできなかったのか。具体的に検討されるべきだろう。