斎藤満(エコノミスト) 

 北方領土交渉で、安倍総理の「弱腰」が懸念されています。先月末の衆参両院本会議で、北方四島について、従来の政府公式見解である「日本固有の領土」という表現を使わず、代わりに「わが国が主権を有する島々」と述べました。ロシア政府が、日本で北方領土を日本固有の領土と表記したり、そもそも「北方領土」と呼ぶこと自体を快く思わず、注文を付けられたことが背景にあった模様です。

 安倍総理はプーチン大統領と日ロ首脳会談を25回も行い、信頼関係が築かれているので、日本に理解の深いプーチン大統領の下で、なんとか平和条約締結にこぎつけ、安倍政権の金字塔を打ち立てたいと考えています。

 1956年の日ソ共同宣言には平和条約締結の後に、歯舞(はぼまい)群島と色丹島(しこたんとう)を日本に引き渡す、との文言があり、これにすがって少なくとも北方四島のうち、2島だけでも返還してもらえれば、安倍政権の「偉業」として夏の参院選を有利に展開できると期待しました。

 その点、プーチン大統領もひところはこの1956年の日ソ共同宣言を基礎として交渉すると言っていました。ところが、ラブロフ外相以下、モスクワの政府要人はこぞって北方領土問題には強硬論を唱え、北方領土は第二次大戦後にソ連の領土となったと主張、肝心のプーチン大統領の発言も微妙に変わりました。共同宣言では「領土の返還」とは書いていないと述べるなど、突然風向きが変わった感があります。

 この問題は、もともと国際法上明確な判断が難しい状況にありました。ロシアは1945年2月のヤルタ会談、同年7月のポツダム会談を盾にし、日本に参戦すれば南樺太(みなみからふと)と千島列島をソ連に引き渡す、との欧米認識に依存し、日本は1951年のサンフランシスコ講和条約で南樺太と千島列島を放棄しました。当初政府は千島列島に国後(くなしり)、択捉(えとろふ)が含まれると言いましたが、56年にこれを否定し、北方四島は依然として日本固有の領土としています。

 もっとも、その後米国はヤルタ会談、ポツダム会談を無効とし、ソ連はサンフランシスコ講和条約に調印していません。それだけに、国際法的に白黒をつけるのが難しい面があり、当事国間の信頼関係が重要になり、その点56年の日ソ共同宣言は大きな礎となると見られていました。
ロシアのラブロフ外相(左)、ショイグ国防相(右)と会談するプーチン大統領=2019年2月2日、モスクワ(タス=共同)
ロシアのラブロフ外相(左)、ショイグ国防相(右)と会談するプーチン大統領=2019年2月2日、モスクワ(タス=共同)
 しかし、北方領土問題はこれまでも米国の立場に大きく左右されてきました。日ロ間で2島返還で話がまとまりそうになると、米国から「四島一括返還でなければ沖縄の返還はない」(ダレス元国務長官)と脅され、米国の横やりでまとまる話もまとまらなかった経緯があります。従って、北方領土問題においては、米国の立場が常にカギを握ってきました。

 つまり、日本とロシアの関係だけでなく、日本と米国の信頼関係も大きなカギとなります。その点、表向きは米国とロシアは米中関係と同様に対立している印象を与えますが、裏ではトランプ政権の背後にいるキッシンジャー元国務長官を軸に、トランプ大統領、ロシアのプーチン大統領、そして中国の習近平国家主席は、「裏のトライアングル」を形成し、連携しています。