当該記事には「複数の関係者」とあるが、それは外務省関係者でほぼ間違いないだろう。彼らが安倍首相の立場を「忖度」し、そして安倍首相がロシアとプーチン大統領の立場を「忖度」するという、前代未聞の「ダブル忖度」が行われたと見ていいのではないだろうか。

 そこで思い出されるのが、昨年9月12日、ウラジオストクで行われた東方経済フォーラム全体会合でのプーチン大統領の発言だ。プーチン大統領は「年末までに(平和条約を)無条件で締結しよう」と言って、安倍首相を「無言フリーズ」状態に陥れた。さらに、今年1月の25回目の首脳会談を前にして、ロシアのラブロフ外相はこう述べた。

 「第2次大戦の結果、南クリール諸島がロシア領になったことを日本が認めない限り、領土交渉の進展は期待できない」
 「日本の国内法で『北方領土』と規定されるのは受け入れられない」

 どうだろうか。これらの発言と、「不法占拠」という表現を使わないということは、ピッタリ一致していないだろうか。

 「忖度」というのは、やり方によっては日本人の美徳とされる「思いやり」に通じるものがある。それが通じると、物事が上手くいくことがある。しかし、最近の「忖度」は全く国民のためになっていない。それは「忖度される人」と「忖度する人」の利益にしかなっていないからだ。

 それなのに、これを外国人に対して行って、どうするというのだろうか。そもそもロシア語に「忖度」などという言葉があるのだろうか。誰か教えてほしい。いずれにせよ「忖度ジャパン」の論理など、ロシア人には理解できないだろう。
 
 では、ここからは、ロシアが日本のことなど全く「忖度」せず(するわけがない)、主張していることを歴史的な視点から見てみよう。

 まず、プーチン発言の「(平和条約を)無条件で締結しよう」だが、これは「120%トンデモ発言」である。なぜなら、平和条約とはそもそも領土を確定してから結ぶものだからだ。さらに、戦争を正式に終結させるための条約であり、日本は先の大戦においてソ連とは「戦争」していないので、そんなものを結ぶ必要などないのだ。しかも、1956年の日ソ共同宣言で国交は回復している。ならば、それでいいとするほかない。
2018年9月、共同記者発表後に握手する安倍晋三首相(左)とロシアのプーチン大統領(古厩正樹撮影)
2018年9月、共同記者発表後に握手する安倍晋三首相(左)とロシアのプーチン大統領(古厩正樹撮影)
 なぜだろうか。それは、領土というのは実効支配されてしまった以上、交渉では取り戻せないからだ。「力」で奪われたものは「力」でしか取り戻せない。

 国内の土地紛争なら裁判所に訴えれば、法の執行によって取り戻せる可能性はある。しかし、国家間の紛争を裁定する裁判所はあっても、それを実行する国家を超えた力は存在しない。

 だから、プーチン大統領は安倍首相に「(現状を)素直に諦めれば」というメッセージを暗に込めたのだ。これが「無条件」の本当の意味だ。