次に、ラブロフ発言については、これは他国も同じだが、歴史をいつも自分に都合のいいように解釈するロシアの一貫した主張だ。したがって、これも180度間違っている。

 まず、北方四島は、近代史を見ればロシア側も認めた日本固有の領土であることは明白だ。その根拠は、1855年に江戸幕府とロシア帝国が結んだ日露和親条約にある。

 ここで、両国は国境線を画定し、その国境線を択捉(えとろふ)島と得撫(ウルップ)島の間としたからだ。北方四島とは、歯舞(はぼまい)群島、色丹(しこたん)島、国後(くなしり)島、択捉島の四つの島を指すが、この時点から正式な日本領となったわけだ。

 その後、1875年に明治政府がロシア帝国と結んだ樺太千島交換条約、日露戦争後の1905年のポーツマス条約と、両国間に領土の変更はあったが、北方四島は一貫して日本領だった。

 それが、ソ連のものになったのは、先の大戦後のことだ。しかし、その経緯はラブロフ外相が言うような結果ではない。スターリンとフランクリン・ルーズベルトがヤルタ会談において「密約」を結んだからである。

 ルーズベルトは、なぜかチャーチルよりスターリンを気に入っていて、「対日参戦するなら、満州と南樺太、千島をもらう」というスターリンの要求を二つ返事でOKしてしまった。これにより、ソ連は日ソ中立条約の不延長を一方的に通告し、中立条約の有効期間である1945年8月9日、日本の領土に対して軍事侵略を開始した。

 そうして、日本がポツダム宣言を受諾して降伏した8月15日以降も侵略を続け、9月5日までに北方四島を占領したのである。ソ連以外の連合国は、15日には即座に軍事行動を停止したのに、ソ連だけが勝手に戦争を続け、既に武器を放棄した日本軍と民間人に対して殺戮、暴行、乱暴、略奪を繰り返した。当時、満州にいた私の父は、それによりソ連軍に捕まり、シベリア行きの列車に乗せられた。

 したがって、どう見てもこれは「火事場泥棒」であり、「不法占拠」以外の何物でもない。
根室市の納沙布岬から7キロの位置にある北方領土歯舞群島の一つ、水晶島(鈴木健児撮影)
根室市の納沙布岬から7キロの位置にある北方領土歯舞群島の一つ、水晶島(鈴木健児撮影)
 ヤルタ会談で米ソが決めたのだから仕方ないではないかという見方もあるが、これはルーズベルトとスターリンの勝手な取り決めだ。国際的に通用する協定ではない。

 なぜなら、ルーズベルトはヤルタでこの取り決めをすることを議会に諮らずに進め、なおかつその後、議会に破棄されているからだ。したがって、ソ連の千島獲得は、先の大戦の結果ではなく、ロシアが勝手に大戦の「延長戦」と思い込んでいるだけだ。

 さらに、大戦後の領土不拡大をうたった大西洋憲章にしても、ポツダム宣言にしても、各国固有の領土の保全を認めている。