要するにスターリン下のソ連は、国際法、その他あらゆる諸条約に違反して、北方領土を軍事占領した。だが、他国領土の軍事的占領は、その領域に対する主権の取得を意味しない。米国、日本、全ての諸国は、このことを承知している。ところが、である。旧ソ連/現ロシアだけが北方領土の軍事占領=同地域の主権の入手とみなす。これが法律上通用しないことは、占有権と所有権が異なる二つの概念であることからも自明の理であろう。念のために、例を引いて説明しよう。

 ある者が火事場のどさくさを利用して、他人の財産をそのまま己のポケットに入れても、占有権こそ発生するかもしれないが、合法的な所有権は発生しない。そのような不法行為を犯した者は、同財産を可及的速やかに持ち主の手に戻す義務がある。そして、物理的な引き渡しを受けた瞬間に、元の持ち主が完全な所有権を手にすることを、改めて述べるまでもない。泥棒は、所有権は依然として己の手に残るとの屁(へ)理屈を主張し得ない。

 ロシアは、戦後70年以上にもわたって日本の「固有の領土」「北方四島」を「不法占拠中」である。これは、客観的に物事を眺める者ならば、100%認めざるを得ない厳然たる事実である。現ロシア指導部がいささかでも、法律が何たるかを理解しているならば、日本政府に対してその不法行為を詫び、70余年間分の賃貸料さえ付けて直ちに返済すべき筋合いのはずである。ところが、プーチン大統領も、ラブロフ外相も、同領土が「第2次大戦の結果、ロシアの主権下に移った」と強弁する。

 もし万一彼らの主張を、たとえ一部でも間接的にでも認めるならば、どうであろう。それは日本側にとって取り返しのつかない致命的な誤りになろう。なぜならば、日本政府は、ロシアの主権下の領土を、ロシア政府の特別の好意によって日本へ引き渡してもらうことになる。

 同領土の主権は依然としてロシアに残り、日本側に引き渡すのは施政権だけである。また、そのような引き渡しすら即時ではない。周辺の排他的経済水域(EEZ)すら、日本へ引き渡すとは限らない。ましてや、同地域に米軍基地を設置するなど問題外。ロシア側はこのように主張するかもしれない。
ロシアへ出発する安倍晋三首相。右は昭恵夫人=2017年4月27日、羽田空港(納冨康撮影)
ロシアへ出発する安倍晋三首相。右は昭恵夫人=2017年4月27日、羽田空港(納冨康撮影)
 北方四島がロシアによって不法に占拠されている。これは、誰一人否定しがたい客観的事実に他ならない。にもかかわらず、その言葉を北方領土返還全国大会のスローガンから外した。これは「第2次大戦の結果として四島がロシアの主権下に移った」とのロシア側の主張を認めるに等しいだろう。

 おそらく安倍政権はロシアを刺激して平和交渉を停滞させることを危惧しているのだろう。交渉のABC、とりわけロシア式思考や行動様式に無知と評さざるを得ない。ロシア人は、席を憤然と蹴って交渉会場を後にする毅然(きぜん)とした相手との間に初めて真剣な話し合いを行う。「己とプーチン氏の間で必ずや平和条約を結ぶ」と交渉のデッドライン(期限)を設け、実際次から次へと一方的な譲歩を行う。そのような人物とは決して真剣に交渉しようとは思わないのがロシア外交の本質である。

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