関修(明治大法学部非常勤講師)

 嵐の魅力。それは「個と集団の関係の絶秒なバランスと究極の普通さ」と定式化することができよう。

 日本人は西洋的な個人主義より「和」を尊ぶ。例えば、サッカー日本代表のプレースタイルも、個人プレー重視より組織的なチームプレーがその持ち味と言えよう。集団を重んじるその風潮はうまく作用すれば、「3本の矢の教え」のごとく、極東の小国が世界の大国にまでなることを可能にした。しかし、マイナスに作用すれば、「出るくいは打たれる」、「烏合(うごう)の衆」といったように個の才能を埋没させてしまいかねない。まさにもろ刃の剣である。

 嵐は5人のメンバーすべてが等しく存在感を発揮しながら、嵐という一つのグループにまとめ上げることで「国民的アイドル」と言える存在にまで成長した。それに先立つSMAPさえ、絶対的カリスマ「キムタク」こと木村拓哉と庶民の代表である中居正広との二極化と、その拮抗(きっこう)関係でバランスを取ることで、絶大な人気を勝ち得たと言える。

 それに対し嵐は、ファンの言を借りれば、5人が皆仲の良い、その「ワチャワチャ」感がたまらないという。グループが得てして、絶対的人気を誇る主要なメンバーとそれを引き立てるその他大勢のメンバーから成り立つ場合が多い(ジャニーズで言えば、山Pこと山下智久とその仲間たちというメンバー構成だった初期のNEWSや亀梨(和也)・赤西(仁)の絶対的ツートップに従ったデビュー時のKAT-TUNなど)のに対し、嵐はまさしく稀有(けう)な存在といえよう。

 もちろん、嵐とて最初から絶大な人気を勝ち得ていたわけではない。それどころか、2006年、後輩のKAT-TUNがメジャーデビューした際、CDの売り上げなどその人気は嵐を大きく上回るものとなった。そう、1999年デビューから7年がたとうとするのにその認知度は決して高くなかったのである。その理由は何か。
※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)
 それは5人のメンバーの認知度にばらつきがあったからだ。今思えば、信じられないことだろうが、大野智と相葉雅紀の存在をファン以外の日本人一般がどれほど知っていたかは実に怪しいものがあった。

 いかにメンバー同士が皆、分け隔てなく仲良しであったとしても、メンバー全員が平等に認知されていない以上、ドラマ『花より男子』の道明寺司を演じたのが松本潤で、彼が所属しているグループが嵐といい主題歌を歌っている、で終わってしまう。一般市民が嵐というグループが何人編成でどのようなメンバーがいるのかまで知ろうとすることはない。