筆者にとってはアルコールもタバコもまるで無縁であり、お酒の割り方も、お酌や気の利いた話をしたりするのもとにかく苦手だった。TVドラマの一シーンのように自然にお酌して回り、場を盛り上げている人を羨ましいと思ったものである。

 そんな宴席に何度か呼ばれた折、あるベテランの男性声優に呼び止められた。「なんで○○(某人気女性声優)に仕事がくるのか教えてやろうか?」「役者は河原乞食の世界なんだよ」。今なら確実に#MeTooで拡散しているであろう、こんな話を唐突に聞かされたのである。しかも、当時の所属事務所元社長のX氏からは「自分で営業しないと…」と言われ、同じ事務所にいた女性声優からも「がんばって演じてるだけじゃダメなのよ!」などと謎の囁きもあった。声優や俳優の世界こそ実力勝負だ、と信じて足を踏み入れた筆者にとって、深い悩みの種になったのは言うまでもない。

 とはいえ、付き合い下手ではあっても、当時はそれなりにまだ仕事のオファーがあった。仕事の多忙さも相まって、宴席に参加することも少なくなったある日、アニメ監督のA氏率いるスタッフとの慰安旅行に誘われた。

 その日は夕方まで仕事が入っていたが、終わるとすぐに当時のマネジャーB氏の車で宿泊先に向かった。その車中のことである。B氏から「ところで、水着持ってきた?」と尋ねられた。そう言えば、事務連絡のミーティングの時に「露天風呂で水着がどうの」というような話があったのを思い出した。「あれってジョークじゃなかったの?」と嫌な予感が脳裏よぎったが、「なんで水着がないとダメなんですか?」と真正面から問いただすと、「もちろん、なくても入れるだろうけど…。いつもお世話になってるんだから、ちょっとくらいサービスするもんでしょ? Aさんにはお世話になってるんだし、少しくらい一緒に入ってよ!」と一瞬殺気だった感じでB氏から威圧的に言われた。

 「いやいや、たとえお世話になっていると言っても、なぜ一緒に露天風呂に入らなければならないのか。2時間ドラマじゃあるまいし、あり得ないでしょう」。あまりに唐突な話に、「これはB氏の悪い冗談だ」と自分に言い聞かせながら、そのときはぼんやりと車窓を眺めた。
※写真はイメージです(GettyImages)
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 どれくらい車に揺られただろうか。詳細は憶えていないが、ようやく旅館に到着し、最初に目に飛び込んだのが「混浴露天風呂」の看板だった。嫌な予感は現実となり、「騙された?」という思いが脳裏をかすめつつ、今さら帰ると言えるはずもなく、そそくさとツインルームに案内された。部屋には先に到着していた女性声優が一人で待っており、なぜだか少しほっとした。どうやら、先行グループは既に温泉に向かったらしく、彼女は筆者の到着を待つように言われていたらしい。そして、彼女に案内されるまま一緒に浴場へと向かった。