再び筆者の話に戻るが、少し声優と事務所の立場について触れてみたい。あるゲーム音声の仕事の顔合わせで、当時の事務所マネジャーC氏と駅で待ち合わせをした時のことである。当時は携帯電話を持っている人はまだ珍しく、筆者はポケットベルで事務所デスクを通じて連絡を取り合っていた。ところが、待ち合わせ時間になってもC氏は現れず、公衆電話から事務所に電話をしたところ、「改札口じゃなくて、階段を上がった外の出口で待っているはずです」とスタッフに言われ、慌てて階段を駆け上がった。

 地上に出ると、C氏から「遅せえよ!」と叱責され、「改札口で待ってたんですけど…」という筆者の言い分にはまったく耳を貸さず、後輩の女性声優たちがいる面前で持っていた携帯電話でいきなり頭を殴られたのである。

 翌日、当時の事務所社長X氏にこの事実を告げ、公衆の面前で殴打された行為の釈明をC氏に求めた。ところが、C氏は「分相応の扱いってのがあるだろう」と開き直り、X社長も「これから行くところがあるから」と我関せずとばかりに逃げ出す始末。結局、最後までこの件はうやむやにされ、筆者はその後事務所を退所した。

 C氏が述べた「分相応」という言葉こそ、声優がまさしく「河原乞食」の扱いであることを示唆するに等しい。役者が「河原乞食」と呼ばれる所以には、前述のように努力もなしに「目的のためなら手段は選ばない」「1円でもいいから仕事が欲しい」「有名になりたい」という、物乞いのような発想の太鼓持ちが巣食っているからに他ならない。しかも、それにつけ込んだ「伏魔殿」に棲む御上とは「良きに計らってくれる者に褒美を取らす」と言わんばかりの関係にある。

 他にも暴露したい話は山ほどあるが、これはまた次回、どこかで執筆させていただける機会に取っておくとして、これが声優に対する現実の評価であり、事務所はもとより製作会社やテレビ局、代理店、レコード会社などとの関係も同様である。「分相応の扱い」。これは声優業界だけの話ではないかもしれないが、少なくとも筆者の経験に基づけば、エンタメ業界の中でもかなり閉鎖的な方だと思う。ハリウッドから音楽シーンへと波及し、様々な方面から「#MeToo」を付した告発がなされているが、これらは芸能界のハラスメントに限られたものではなく、あらゆる人間関係において生じる「不利益な取り扱いをなくそう」「不公正な取引をやめて、健全な社会を作ろう」という趣旨で広まった運動であると理解している。
※写真はイメージです(GettyImages)
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 むろん、告発する際には、人権侵害の恐れがあり、それこそ細心の配慮が必要だが、長きに渡る悪しき慣習を正し、社会を変えていこうする#MeTooの波を止めて欲しくない。「いつ、どこでこんな体験をした」だけでもいい、それをみんなで共有することで「あなたにとっての魔王」、つまり伏魔殿を吹っ飛ばすことだってできるかもしれない。