無法地帯と化した編集内部


 この時、吉田所長が「1F構内の線量の低いところで待機」するように命じ、その待機命令に違反して「9割の所員が2Fに撤退した」と、朝日新聞は書いた。

 しかし、朝日のその記事を読んでも、吉田調書の中に、「部下に1F構内での待機を命じた」というくだりが出てこない。

 それはそうだろう。1F構内で最も安全な免震重要棟を出て、いったいどこで「待機」をすればいいのだろうか。あとで判明するが、この日、福島原発事故で最大となる18京ベクレルもの放射性物質が放出されている。

 朝日が書くことが本当なら、防護マスクが圧倒的に不足する中、所員は何も放射性物質を防ぐ手立てがない、素のままでの「1F構内の待機」を命じられていたことになる。

私は、朝日新聞の記事を読んだ時、即座に、

「これは、あり得ない」

 と思った。同時に、朝日は、現場の所員、すなわち当事者たちに取材をしていないのではないか、とも思った。現場の証言をひとつでもとれば、自分たちが書こうとしていることが「ガセである」ことはたちどころにわかるからだ。

 私は、この記事は、現場取材を「していない」のか、あるいは「意図的にしなかった」のか、どちらかでできたものだと思った。

 言うまでもないが、現場を一人でも取材していたなら、これほど事実と真逆なことが書かれるはずがない。朝日が書く「命令違反の撤退」をしたとされる人間は、およそ650人もいる。たった1人か2人しか取材対象の人間がいなくても、ジャーナリズムの世界では、真実を知るためにできるだけその対象者に肉薄しようとする。

 それが今回の場合は、取材対象が「650人」もいるのである。さまざまなルートを辿れば、当然、いきつくことができる取材対象の数だ。しかし、朝日新聞の記事からは、どこからも現場の息づかいが聞こえてこない。すなわち現場取材の形跡が感じられないのだ。

 そして、今回明らかにされたPRCの報告書には、予想通り、朝日新聞が「一人の現場取材もしていなかった」ことが記述されていた。

 興味深いのは、記事掲載後に、原発取材経験のある部員から指摘があって、遅ればせながら現場所員の取材に初めて走ったことが、こう書かれていた。

〈担当次長は記事掲載翌日の21日、原発取材経験のある部員からの指摘を受けて、現場にいた所員に取材する必要があると考え、取材記者たちに指示した。

 しかし、朝日新聞の報道に対する反発もみられ、取材の協力は得られなかった。結局、命令を聞いたという人物の取材はできなかった〉

 本当に恐ろしいと思う。

 担当次長が記事掲載翌日に、原発取材経験のある部員からの〈指摘を受けて〉、現場にいた所員に対して〈取材する必要がある〉と考え、取材記者たちに〈指示〉をしたのだそうである。

 それは、「現場取材」と「二重三重の確認取材」というジャーナリストの根本を忘れた朝日新聞の姿が、そのまま描写されていた。それは、まさに「言論機関」ではなく、「無法地帯」というべきだろう。

朝日新聞の目的は何か


 では、朝日新聞は何を目的として、こんな報道をおこなうのだろうか。

 それは、この報道によってもたらされた外国メディアの記事を見れば、明確になる。

2011
福島第1原発3号機の原子炉建屋の拡大画像。骨組みがむき出しになり、水蒸気とみられる白煙が上がっている。米国製の小型無人ヘリコプター「T―ホーク」で撮影された=2011年4月10日(東京電力提供)
 それまで、命をかけて現場に残った人々を“フクシマ・フィフティ”として讃えていた外国メディアは、朝日新聞の当該の報道を受けて、姿勢を一変させた。

 ニューヨーク・タイムズが、

〈2011年、命令にも関わらず、パニックに陥った作業員たちは福島原発から逃げ去っていた〉

 と報じれば、イギリスのBBCも、

〈福島原発の作業員は命令を拒否し、事故後に原発から逃げ去った〉

 と、朝日新聞の記事内容を速報した。

 多くの外国メディアがこれに追随したほか、韓国の新聞は、

〈日本版セウォル号…福島事故時に職員ら命令無視して原発から脱出〉(韓国・国民日報)

〈福島原発事故は“日本版 セウォル号”だった! “職員90%が無断脱出…初期対応できず”〉(韓国・エコノミックレビュー)

 といった記事が溢れることになる。

「日本人は、実は福島第一原発から逃げ出していた」

 そのことが世界中を駆けめぐったのである。

 韓国のフェリー「セウォル号」の船長が乗客を見捨てて真っ先に逃げ出していたことに驚愕した世界のメディアが、今度はあの福島第一原発事故の時、日本人も「逃げ出していた」ということに驚いたわけである。

 私は、朝日新聞は何を目的に報道しているのか――ということを考えずに、この誤報事件を見ても、本質はわからないだろう、と思う。

 慰安婦の強制連行報道を見てもわかるように、朝日新聞は、「日本と日本人を貶める」ためなら、たとえ事実と違っていても「構わない」のではないだろうか。

 これまで何度も書いてきたことだが、朝日は、「済州島で慰安婦狩りをした」という自称・山口県労務報国会下関支部元動員部長の吉田清治氏の証言を皮切りに、日本軍が「八万とも二十万」ともいわれる「朝鮮人女性」を「女子挺身隊」の名で戦場に「連行」して、「慰安婦にした」というキャンペーンを繰り広げた。その報道は、ついに国際社会を動かし、今では“性奴隷(sex slaves)を弄んだ日本人”として、世界のあちこちに慰安婦像が建ち、国連の人権委員会からも賠償・謝罪の勧告を受けるまでになった。

 あの貧困の時代、兵士の30倍もの収入を保証されて、春を鬻ぐ商売についた女性たちは、日本にも朝鮮にも、数多くいた。もちろん喜んでなったわけではなく、さまざまな事情があった薄幸な女性たちである。

 彼女たちへの同情は、多くの日本人に共通するものだと、私は思う。だが、朝日は、彼女たちを実態とは全く異なる「日本軍に強制連行された存在」として、手を代え、品を代えて報じつづけた。そして、ついに韓国世論を動かし、今では両国の関係は完全に破壊されている。

 慰安婦の「強制連行」とは、拉致・監禁・強姦の意味である。嫌がる婦女子を連行すれば「拉致」であり、慰安所に閉じ込めれば「監禁」であり、意に沿わない性交渉を強いれば「強姦」だからだ。日本を糾弾したい彼の国の応援を受けて、朝日は、「事実を捻じ曲げて、日本を貶めること」に見事に成功した。

 しかし、真実が徐々に明らかになり、「強制連行」をこれ以上、主張できなくなった時、朝日は突然、これを引っ込め、「広義の強制性があった」と言い始めた。
「えっ、強制連行はどうなったの?」

「“広義の強制性”ってなに?」

 と、多くの日本人は、開いた口が塞がらなかった。

 事実を捻じ曲げてでも日本を糾弾する“反日メディア”である朝日新聞は、自らの主張に沿った記事には、チェックなど、そもそも存在しないのではないだろうか。

 今回の吉田調書“スクープ”も、日本人を貶め、さらには原発の再稼働反対、すなわち「反原発」という主張を貫くためにプラスになる記事であり、そのためなら、たとえ「上司が読まなくても、また裏取りの現場取材をしなくても」記事はGOになるのである。

まったく反省していない朝日

 これだけの批判を世間から浴びたら、少しは反省するのが常識的な感覚だ。では、朝日新聞の社員は、反省しているのだろうか。

 答えは「ノー」である。

 朝日新聞の慰安婦「強制連行」報道によって日本人が受けた被害は、金額に換算したら、天文学的金額に及ぶだろう。

 しかし、朝日新聞の現場の記者たちの声を拾ってみると、これがまったく「反省していない」ことがわかる。

 朝日新聞の得意技に“レッテル貼り”があることを、私はこれまで何度も指摘してきた。相手にレッテルを貼った上で、自分を“善なる立場”に置き、さまざまな指摘や忠告そのものを“封殺”してしまうのである。

 この慰安婦報道から「吉田調書」誤報事件へとつづく一連の騒動の中で、朝日の現場では、以下のような内容の話が交わされていることを私は聞いた。

 それは、朝日新聞を叩いているのは、「右翼」であり、「偏狭なナショナリズム」であり、自分たちはあくまで「平和」を愛する「リベラリスト」だ。最近、“産経史観”に負けているものの、「時が経てば、また盛り返すことができる」というものだ。

 朝日社内にいる友人の一人から、私はそんな興味深い話を聞いた。

 一連の朝日批判は、社内では「産経史観」という言葉を用いて語られており、彼らによれば、「今はたまたま劣勢に陥っている」だけなのだそうだ。

 私は、自分たちの主義主張のためには事実を曲げてもいい、という“朝日的体質”は、今後もなくならないだろうと思う。

 それは、朝日新聞とは、 “ファクト”をもとにしたメディアではなく、あくまで、自らの“主義主張”を訴えるための、いわば政治的プロパガンダ紙だからだ。

 十二月には、慰安婦報道に対する第三者委員会の提言も出る。それを待たず、吉田調書報道へのPRCの提言が出た翌日に、木村伊量氏は社長を辞任した。

 朝日新聞の後継社長は、社会部出身の渡辺雅隆氏であり、木村氏自身も「特別顧問」という立場で残るという。

 社会部と言えば、朝日新聞の中でも、過激な“朝日原理主義”を最も貫く部署として知られる。その社会部の出身者がトップをとり、しかも、木村氏が特別顧問として、隠然たる力を残すのだから、朝日新聞は今後も、「何も変わらない」と私は思う。

 この新聞に引導を渡すことができるのは、購読者自身である。日本国民の「見識」こそが、今、問われている。

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